ep.4
「目の前に……います……」
かすれた通信。ノイズ混じりの返答を最後に、音はぷつりと途絶えた。
息を呑む。
そこに“それ”はいた。
重装の外殻に覆われた巨体。
私たちを確かに“見て”いる――その照準ライトは、生物の目のようにわずかに動き、生々しい眼光を放っていた。
まるで瞼のように、装甲が開閉し、その奥からギラリと覗く光。
……生きている。そんな錯覚を覚える。
誰も、動けなかった。
睨まれた獲物のように。
死の直前、ただ無力に身を固める――そんな恐怖が、全身を締め付けていた。
パーラパララーパラパラー
妙に陽気な音が響いた。
遊びのようなリズム――だが、同時に空気が加圧され、排出される音が重く響く。
プシュー……
現実だった。
私たち空輸隊は、実戦の経験などない。
教えられた訓練は脳裏をかすめても、身体はそれに応えてくれない。
持たされていたのは、小銃一丁。
護身用――だが、それは「最期を尊厳と共に迎えるための道具」でもあった。
その瞬間。
キュウィイイイン――カンカンカンカン!!
耳を劈く金属音とともに、基地内に警報が鳴り響く。
張り詰めていた緊張の糸が、その音に裂かれ、ようやく意識が現実に引き戻された。
この音――
「コーリングシグナルだ!!」
護衛隊長の声が響いた。
「敵が集まる! 輸送隊の子を1人ずつ連れて散開!荒野には出るな、潜伏して救援を待て!戦うな!」
的確な指示だった。
なのに――私は動けない。
判断ができないどころか、声すら出せなかった。
ふと振り返ると、3人の仲間が私を見ていた。
指示を、待っている――そんな気がした。
喉からは、空気が漏れるばかりで、言葉にはならなかった。
その一瞬の間に、護衛の子たちはそれぞれ輸送隊を抱えて、瓦礫の隙間に身を滑り込ませていく。
影の中に、次々と消えていった。
「っ!」
護衛隊長が私に向かって突進し、そのまま抱きかかえるように体を担ぎ上げる。
その直後。
ズドンッ!!
目前の地面が炸裂した。土煙がまっすぐに立ち昇る。
その一点を、機関砲が抉った。
スドドドドバパパッ!
一撃ごとに重く、間隔は空いている。だが、それが逆に一発一発の重さを際立たせていた。
振動が鼓膜を揺らし、鼓動にまで響く。
土、壁、天幕――すべてが破壊され、機関砲の射線の中で穴だらけになる。
隊長はそのまま私を抱え、壁に体当たりで穴を開け、推進力を全開にしてその場を駆け抜けた。
ぶち抜かれた壁の破片を掻き分け、影の中へと飛び出す。
抱えられたまま、私は空を見上げた。
――息を呑む光景。
空を覆う、小型ドローンの群れ。
三十、四十……いや、それ以上。
黒く、無機質な点の集まりが、空をひとつの機械に変えていた。
その群れの中に、重装の大型ドローンが二機――静かに潜んでいた。
あの“眼”がこちらを探している。
……みんな、ここへ集まってくる。
彼女は止まらない。
止まれば死ぬ――それは、私たちの間で、皮肉ではなく真実として語られていた教訓だった。
地面すれすれを飛行し、影を縫うように移動する。
見つかれば終わる。
だから、止まれない。
そして、けたたましい音がまた響いた。
キィイイイイイン――ジリリリリリ!!!
――誰かが、見つかった。
誰かはわからない。
でも、私たちではない。
……私は、安堵していた。
それが――悔しかった。
他人の命を犠牲にして、自分が生き延びようとしている。
それを「仕方ない」と思ってしまった自分に、吐き気がした。