ep.3
瓦礫と鉄骨の影に囲まれた、小さな前線基地。
廃墟にうまく紛れるように、隠れるように築かれたその場所。
「……あれ?」
一番に気づいたのは護衛の子だった。
出迎えが――ない。
次に気づいたのは音のなさだった。
足音、話し声、兵装の駆動音……何一つ聞こえない。
静寂。
それは、あまりにも異常だった。
皆、呼吸を潜めるように周囲を見回す。
緊張の糸が、じわじわと張り詰めていく。
「予定通り、コンテナ……置くね……」
誰かがそう呟く。そう、決まりごとだけは実行しないと、体が止まってしまう。
コンテナを地面に降ろし終えると、護衛の子たちが手分けして周囲の探索に散っていく。
一方、私たち輸送部隊は、そこに立ち尽くしていた。
理解が追いついていなかった。
これが「何かの異常」だと確信するには、あまりにも静かで、あまりにも整然としていた。
戦闘の跡はない。
焼け焦げも、破壊も、血の跡すらない。
だというのに、人気は――まったくない。
この基地は、まるで最初から「誰もいなかった」かのような顔をしていた。
少なくとも、ほんの数時間前にはここに人がいた。
この基地から私たちの手にコンテナが渡された。その事実は、間違いない。
それなのに――
「ログ、止まってます……」
記録デバイスに向き合っていた護衛の一人が、不安げに声を上げる。
「1時間半前を最後に、以降の記録がありません。……隊長」
すぐさま護衛隊長の子が駆け寄る。
私たちもその様子に自然と引き寄せられ、不安の色を浮かべながら集まっていた。
「……未読のログがありますけど、どうしますか? 私たちに検閲権限は――」
その言葉の途中で、隊長が耳に手を当て、何かを聞き取る素振りを見せた。
「……待って。連絡が来てるみたい。すぐ戻るから。いい?」
「はい……。でも、手短にお願いしますよ」
「わかってる」
そう言って、護衛隊長は足早に場を離れた。
その少し後、私のヘッドギアも振動するように微かな通知を発した。
「……私にも、連絡が来てるみたい」
つぶやくと、すぐそばで別の子が同じように呟いた。
「……。このタイミングで2人そろって通信って……嫌な予感がする」
ピリ、と音を立てたように空気が張り詰める。
喉の奥が詰まるような感覚。
「やめて……笑えないよ」
ルーレが気まずそうに返す。
私は、端末の通信を開いた。
相手は――あの空輸部隊の一人だった。
『やっと……繋がった!? 今どこいるの!!』
急な叫びに、心臓が跳ねる。
『前線基地!? 今すぐ逃げて!! 物資なんか置いて、いい!今!!すぐに!!』
怒鳴るような叫び。
それは警告というより、恐慌に近い絶叫だった。
頭がついていかない。
でも、わかる。これは只事じゃない。
(なにが……起きてるの……?)
聞きたい。けれど、それすら許されないかもしれない。
でも、聞かずにはいられない。
そのときだった。
「――今すぐ撤退!!来た道を戻るよ!!準備確認、急いで!!輸送隊の子たちも、飛行態勢!!」
背後で響く、護衛隊長の鋭い声。
その声と同時に、空が――変わった。
ぐらり、と光が沈んだように視界が暗くなる。
ただの曇りじゃない。夜に似た深い、濃い影。
「……っ!」
キィイイイイン……
空気を裂くような、甲高く擦れる金属音。
私は無意識に空を仰いだ。
そこにいたのは、外殻で覆われた重装型――
明らかに通常規格を超えた、大型ドローンの姿だった。
通信の向こう、震える声が最後に言った。
『……強化装甲の大型ドローンが接近してるのよ!!』