ep.25
ツィナは肩で息をしながら、震えるような高揚に満ちた声を上げた。
「やったか……!?」
その言葉と同時に、見開かれた瞳孔が鋭く光る。
あの一閃――全てを呑み込んだあの砲撃の手応えに、確かな自信を抱いていた。
私には、そこまでの確信はなかった。
視界に焼きついているのは、砕け散った鉄塔と――その直前、走った閃光だけ。
ツィナはすぐさまヘッドギアに手を当て、通信機に触れる。
軽く興奮気味に、耳元へ声を投げかける。
「ハーロー! ヤツに直撃したか!? どうなった!? 仕留めたのか!?」
私の通信も自動で繋がった。
数秒の沈黙の後、ハーローの声が返ってくる。
「……直撃を確認しました」
――しかし、その声はおかしかった。
どこか、違和感を含んでいる。
言葉を選ぶように、淡々と、けれど慎重に続ける。
「右肩部に……大穴が開くほどの過剰火力。間違いなく直撃です。小型の随伴機を巻き込み、大型1機も爆発に巻き込まれました。被弾した個体は制御を失い、墜落、爆散……」
静かな戦果報告。
だが、安堵の言葉が続かない。
……ほんの一拍の間が空いたあと、
ハーローが「ぽつり」と呟く。
「ただ……目標対象が、未だに浮遊制御した状態です」
息を呑んだ。
(……そんな)
あの一撃を、真正面から喰らって――まだ、落ちていない?
信じられない。
ツィナの《バベル》の砲撃は、通常の戦術兵装であれば即座に消し飛ぶはずの威力に相当する。
それを直撃で喰らって、なお姿を保ち、空に留まるというのか。
ツィナの笑みが、徐々に消える。
拳を握る音が耳に届くほど、彼女は無言のまま、通信の先を睨むように固まった。
私の視界には、まだ何も映っていない。
ただ、音もなく――重たく沈黙した空が広がっている。
戦いは……まだ、終わっていない。
静まり返った空気を切るように、通信越しからルーアの声が届いた。
「それなら〜……大破、かな? じゃあ、どうするの? 作戦は失敗? 追撃はするの? このまま逃げる?」
「失敗」
その言葉だけが、ぐっと重く私たちにのし掛かる。
ツィナの腕に、力がこもる。
抱き抱えている私の身体を、無言の悔しさが締めつけた。
――ギリッ。
歯噛みする音が、耳に触れる。
それが彼女の答えだった。
私は、恐る恐る尋ねた。
「……墜ちないんですか?」
答えたのは、ルーアだった。
迷いもなく、淡々と、だがはっきりと。
「墜ちないね」
――知らない。
私には、そう言い切れる理由がない。
だけど、それは戦場を何度も潜ってきた者だけが知る確信だった。
続いて、ハーローの分析が入る。
「おそらくですが……。内部構造が区間ごとに区切られている可能性があります。内壁によって、過負荷区画を遮断し制御を維持する仕組みかと。……このまま戦闘を続ければ、消耗戦は避けられません。残念ですが、作戦は失敗となります。態勢を立て直し、撤退を――」
その言葉を、ツィナが遮った。
「ハーロー! 今、何分経った!? 答えよ!」
唐突な問いに、ハーローが戸惑いを見せる。
「え…あ…はい。まだ戦闘開始から1分35秒経過したと確認しますが……ツィナさん? なにを?」
ツィナの叫びが、静寂を破った。
「作戦時間は三分なのだろう!? ならば……!」
彼女は叫ぶ。燃え尽きる寸前の火花のように。
「もう一射――撃ち込む!!
作戦はまだ、失敗などしていない!!
マキア!! 今すぐ私を崩れた鉄塔でも瓦礫の上にでも捨て置け!
ハーロー! ヤツの位置、方角と高度、詳細な数値を全て寄越せ!
壁ごとぶち抜いてやる!!」
その無謀とも言える言葉に、ハーローは明確に戸惑いを見せた。
「待ってください! そんなの無茶です…!それに、その《バベル》の運用方法は――!」
言いかけた声を、ルーアが軽やかに遮る。
「そうこなくっちゃね〜。三分まで、付き合ってあげる」
さらに、他の護衛部隊の一人が言葉を乗せる。
「ここまで来たからには、仕留めなきゃね。
フォローは任せて。決めてよ、ツィナ」
仲間たちの声が重なる。
それは「命令」でも「義務」でもなかった。
ただ――
信じること。
ツィナを信じて、自分たちにできることをするという、覚悟の共有だった。
ハーローはそれを聞き、数秒の間、何かを飲み込むように息を吐いた。
もしかしたら妥協かもしれない。
戦場で狂ったアドレナリンの産物かもしれない。
けれど、誰もが「分かっている」――そんなことはとっくに。
悔しさだけで勝てるほど戦いは甘くない。
でも、悔しさを押し殺して後悔するより、撃って終わりたい。
その全ての想いは、再びツィナに託される。
――《バベル》の砲身は、まだ熱を残している。




