ep.21
ツィナの腰部ノズルから、青白い火が吹いた。推進装置の出力が最大値に達し、振動が足場ごと震わせる。
内部の電磁投射ユニットが、チャージを始めている。
腰部装置とリンクし、変換された電力が銃身を通って圧縮されてい く――音が、まるで地鳴りのように床から身体へ響く。
ツィナは風に逆らうように目を細め、息を吸い込み、叫ぶように言った。
「ここからだ! およそ40秒! 見ていろ、マキア!! 勝利の閃光を!! 今より我々の光を見せる!! それを前にし、ヤツらは膝まづくだろう!!!」
その言葉は、空気を突き抜けて胸に響いた。
ツィナの指が、トリガーにかかる。
骨格が、装備と一体化し、反動の逃げ場を体内に作る。既に彼女の身体は、兵装と完全に融合していた。
私は思わず、耳を塞ぐようにヘッドギアの上から両手を当てた。
意味はない。それは分かっている。だが、それほどまでに――ツィナのバベルが放つ音と振動は、体に直接訴えかけてくる。
この揺れ、この衝撃。
私ですら身体の芯が震えるのだ。ツィナにかかる負荷は、どれほどだろう。
(これじゃ……狙撃なんて、無理……)
振動が、視界にまで影響する。
けれど、そんなことは関係ない。ツィナは、すべてを超えて――今、撃とうとしている。
残り、30秒。
……だが、その時間が、果てしなく長く感じられた。
私はスコープを覗く。
動きの一つ一つが、まるで世界の変化のように目に映る。ほんの1秒、いや、0.5秒のずれで、戦況は一変する。大型ドローンの攻撃は緩慢にも見えるが――一撃の威力は、致命にして十分。
……そして、その時だった。
大型ドローンの照準レンズと、目が合った。
冷たい視線。
スコープ越しでも、あの機械の目に自分が映っていることが、直感できる。
音だ。
ツィナのチャージしている音が、空に木霊していた。
騒音――というには大きすぎる。衝撃波にも近い、空を震わせるあの轟音が、辺りに響き渡っている。
そして、気づいた。
――バレている。
チャージ音は、彼女の位置を敵に告げていた。
その瞬間――。
2機の大型ドローンの片側の装甲が展開された。
内部から姿を現したのは、無骨な箱型のユニット。四つの穴が均等に並び、わずかに黒く塗り潰されたその内側には、殺意にも似た熱がこもっていた。
…ミサイルポッド。
一瞬で全身から血の気が引いた。
体感温度が数度下がったような錯覚に襲われる。
その意味を理解するのに、言葉は要らなかった。
「ミサイル来る……!」
振動で銃身がぶれる。狙いが定まらない。
ただでさえ空気が揺れている。こんな状態で、当てられるわけがない。
遊撃隊の二人に、あの弾幕の中でそこまで気が回るとは思えない。
私の指が引き金にかかる。
エネルギーが銃に満ちる感覚。
圧縮された熱が内部を走り、バレルの表面が薄く朱に染まり始めた。
熱い……。
トリガーを引く指先が、じりじりと焼けるようだ。
連射の熱が機構を伝って、銃身全体に広がっていく。
このまま撃ち続ければ――肌が焼けるか、それとも銃が先に壊れるか。
「……行け!」
一射、放つ。
耳の奥で細い金属音が跳ねた。
直後、青白い光の閃きが空気を裂いた――が。
虚空を穿つだけ。
標的には掠めもしなかった。
外れた。
口から息が漏れる。止めていた呼吸が崩れ落ちる。
酸素が喉を通るたびに、心臓が余計に喧しく鳴った。
全身が痺れる。手足の先がかすかに震えている。
生きた心地がしない――。
「ツィナ!!ミサイル撃たれます!!」
私は全身をツィナの方へ向けて、叫んだ。
その声に、彼女はちらりとも振り返らなかった。
風を受ける髪がひるがえり、音を断ち切るような静けさの中で、確かに聞こえた。
「仲間を信じろ!!」
それだけだった。




