ep.2
「調子はどう? ……あれ? 一人、足りなくない?」
そう問いかけてきたのは、向こうの空輸隊の少女。口調は柔らかいが、目は鋭い。数の不一致は戦場では命取りになる。
私は、即座に返す。
「ちょっとはぐれただけ。また合流できるから、気にしないで」
唇の端を軽く吊り上げ、肩をすくめて冗談めかす。
「きっと前線でこき使われてるんだわ」
誰にも不安な顔は見せない。
そう、誰にも。
この場所で「孤独」は、死と同義だ。
誰かとの繋がりが、今この瞬間を生き抜く力になる。
小さく息を吐き、私は部隊の方を振り返る。
「よし、準備に入るわよ。次はもう少し楽なはず」
私は順に一人ずつ視線を走らせた。
耳を覆うヘッドギア――通信機能、異常なし。
アームギアのサーボは滑らかで、防護機能も問題ない。
腰部兵装の動力室をルーレにチェックしてもらう。残量は規定以下だが、作戦時間には十分足りる。
レッグギアはノズルの方向切り替え、浮上と反転、衝撃吸収のシステム――どれも異常なし。
「問題なし。行けるわ」
声にすると、皆がうなずいた。
その視線は、少し前よりも落ち着いていて、芯が通っている。
私が目を配ると、護衛の子の一人が肩越しに声をかけてきた。
「準備できた? それじゃ、行こっか?」
「ええ。前線の人たちが、待ってる」
私は頷き、再びロープを強く握る。
手のひらに負荷が走り、指が沈む。
――ズシリと荷が浮く。
再び、空へ立つ。
高度を上げすぎると、風に煽られる。
この空域の風は気まぐれで、予測しきれない乱流が走る。だからこそ、私たちは地表とつかず離れず、低空をなぞるように飛ぶ。
落としたときの衝撃も最小限に――なにより、このコンテナには弾薬が詰まっている。中には誘爆の危険すらあるものもある。
慎重に越したことはない。
だが、私たちは何度もやってきた。数え切れないほど。
空は、くすんだような紅に染まっている。
濁った雲が層を成し、陽光を遮っているせいで、地形すら赤黒く見えた。
本当にこの辺りは視界がいい。
だからこそ、目立つ。もしも偵察型のドローンにでも見つかれば――
けれど、誰もが気に留めなかった。
今は、何も起きていない。
それが全てだった。
隊の少女たちが会話を交わしている。
声のトーンは少しずつ軽くなっていく。
「早く終わらせて休みたーい」
「帰ったらトランプしようよ」
「さんせー」
「隊長は?」
私は軽く笑いながら応える。
「まずはクロアを探さないとね」
「……そうだね」
「――あの子がいないと私がビリになるのよね」
「ふふ、言えてる」
「今頃、基地で迷子になって泣いてるんじゃないですか?」
「迷子センターから通信が来たりして?」
ぽつぽつと、冗談が交わされる。
笑顔が戻る。そんな時間が、ほんの一瞬でも続くことを祈るように。
けれど。
この空気も、前線に近づけば消えていく。
紅い空に呑まれるように、皆の声は少しずつ沈黙へ変わるだろう。
程なくして、荒廃した市街地が視界に現れる。
朽ちた鉄骨、割れた道路、焦げ跡の残る建物群。
けれど何より不思議なのは、その境界線だ。
まるでナイフで切り取ったように、荒野と市街地の境界がはっきりと分かれている。
自然にできたとは思えない不自然さ。あれは、何なのだろう。
何度見ても、慣れることはなかった。
その時――
「ガチン……パスン……」
小さな音が、耳に触れる。すぐ近くで何かが外れたような――嫌な音だった。
直後、縄の圧力が手に鋭く食い込む。
痛い。いや、“痛い”では言い表せない。
腕が、ちぎれる。手が、潰れる。神経が悲鳴を上げる。
離してはいけないとわかっている。
けれど、このままでは壊れる。
わたしはもう片方の手で必死に縄を掴み、体勢を保とうとする――けれど、荷が傾いた。
すぐに、他の3人がそれに気づいた。
一瞬の迷いもなく、高度を下げ、荷を地面へと降ろす。
訓練通りの動きだった。完璧だった。
護衛の少女たちも異変に反応する。
警戒態勢に入り、周囲へ銃口を向ける中、1人が駆け寄ってくる。
「何があったの!?」
「……ごめんなさい、アームギアが……故障したみたい……」
言葉にするのがやっとだった。
「いいよ、気にしないで。こっちの子に積み荷を運ばせるから」
すぐに対応してくれるその姿に、わたしは息をつく間もなく、焦りを覚えた。
護衛の子が通信を取ろうと、ヘッドギアに手を添える。
「……あれ? おかしい……通信が繋がんないや……」
少しの沈黙の後、「直接言ってくるから待ってて」
そう言って、彼女は遠ざかっていった。
レレリ、ルーレ、シャルが駆け寄ってくる。
「マキア……大丈夫?」
一人ひとりが不安そうに覗き込む。
「さっきまで、問題なかったのに……」
「……手を見せて」
私は、言われるままにグローブを外された。
手の甲は赤黒く変色し、縄の締めつけられた部分は、青白く腫れあがっていた。
感覚は……ない。痺れているというより、何も感じない。
――かすかに、手先が痙攣している。
今になって、自分の呼吸が乱れていたことに気づく。
早鐘のように鳴る鼓動。浅く、荒く、整わない。
(どうして――確認したはずなのに)
私はグローブを交代の子に渡し、肩を落とすように身を引いた。
たったこれだけの距離が、自分には遠かったのだと思い知らされる。
目的地はすぐそこ。ほんの目と鼻の先だというのに――
悔しさが喉元にまで上がる。
だが、まだ片方は生きている。
私は左腕を見下ろし、アームギアの起動音を確認する。反応は正常。
それに比べて、右腕のギアは何も言わない。
完全に沈黙している。神経接続も途絶えており、いつでも切り離せる状態になっていた。
(何が……あったの?)
繰り返し確認したはずなのに、原因は何一つわからない。
脳裏で警告のように反芻されるその問いを振り払うように、前を見る。
そして――私たちは、目的地にたどり着いた。