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ep.19

 


 風が鉄骨を鳴らす。


 朽ちかけた鉄板の床が軋み、地上数十メートルの高さに、かすかな緊張が漂っていた。



 ツィナは胸を張り、肩に担いだ巨大な銃――《RG-X〈バベル〉》をわずかに持ち上げる。


「……視界、良好。問題ナシ」



 風に髪をなびかせながら、ツィナは薄く笑みを浮かべると、腰部装置に手を添える。


 微細な振動とともに腰とレッグギアから多関節の支柱が展開された。


 ギィィ――。



 金属が擦れる音を立てながら、S.E.S.P(スナイパー・エクソサポート・プラットフォーム)の爪が鉄板を捕らえ、床の傾斜に応じて自動調整される。


 脚一本一本が地に根を下ろすように支え、ツィナの身体を完璧に固定する体勢を整えていく。


「ふむ、“固定完了”だ」


 彼女は伏せ姿勢をとり、アームギアの補助ユニットを銃床に連結させる。

 そのまま、短く通信を開いた。



「ハーロー、聞こえるか! 射撃準備が整った、ワタシはいつでも行けるぞ!」



『了解しました。こちらもすぐにでも動きます。では、よろしくお願いします』



 通信が切れると同時に、私は恐る恐るオウルのスコープを覗いた。



 そこに映るのは、無数のドローン群。

 空を埋めるように巡回するそれらは、下部に銃をぶら下げ、機械的にキョロキョロと動いていた。


 ――その群れの中へ、ルーアとリネアが飛び込んでいく。


 パン、パパン――。

 遅れて届く乾いた銃声が、風に紛れて響いてきた。



「輸送隊! それを使うなら大型を狙うといい! 的は大きい方がよく当たる! 引き金を軽く押すとチャージするからな! そのまま引けば撃てる! 簡単だ!」


 ツィナが鋭く声を飛ばしてくる。


「……わ、わかりました!」



 私はハーローが使っていた三脚にオウルをそっと下ろし、構える。


「……あの、それってチャージとかするんですか? だったら今しても――」


「良い質問だ! もちろんだとも! しかし目標が見える前ではそれはできない! 講習も規定もある! チャージしている時間が長ければ問題が起きる! 銃身の過負荷で暴発も起きかねんからな!」



 ――キリリリリィイイン!


 けたたましいコーリングシグナルの音が鳴り響いた。

 耳をつんざくような機械音が、戦場の始まりを告げる。


 銃声は撃ち合いの音へと変わり、視界の先で戦闘が始まっていた。



 スコープ越しに、ルーアとリネアの姿が宙を舞い、次々と小型ドローンを撃墜していくのが見える。

 壁を蹴り、不規則に動きながら弾を避け、撃つ。

 レッグギアと腰部装置を完全に操る動き――私では到底真似できない。



 そのとき、ビル群の影から大型ドローンが二機、ゆっくりと姿を現す。


 ――違う、目標のやつじゃない。


 でも、あれを倒さないと前線がもたない。

 援護するべきだ。



 私は引き金にそっと指をかける。


 エネルギーチャージの微かな音が、銃身から低く響いた。


 深く息を吸う。

 鼓動がうるさい――講習通りに、息を吐ききる。

 スコープの中心に、奴の照準レンズを捉える。



 ――こっちを、まだ見ていない。


 狙いを定め、指に力を込める。


 ピィィイン――。


 高音を伴って放たれた一撃が、空を切り裂き、次の瞬間――


 ドガン!



 狙ったレンズには届かず、左の大型の肩部に直撃。

 装甲を貫いて黒煙を吹かせたが、ドローンは怯むことなく稼働を続けていた。


「……全然、思ったところに当たらない……!」



 それを見たツィナが声を上げる。


「おお、当てたか? 初めてなら上出来だ! ならばもう一発だ! 少し間を置いてから狙撃するといい!」


「……わかりました!」


 私はもう一度、狙いを定める。



 スコープの先。

 ギョロリと、大型ドローンの照準レンズがこちらを向いた。


 その奥にある赤い光源が、キュルリと不気味に回転する。その動きが「見た」と告げているようで、私は思わず体をこわばらせた。



 ――見られた。



 それだけで、心臓が跳ねるように脈を打つ。背筋を伝う汗が、重力を忘れたかのように肌を流れる。


 だが、次の瞬間、大型の視線はふいに逸れた。


 ドローンの周囲で散弾のように浴びせる遊撃隊の存在に気づいたのか、音もなくその頭部がゆっくりと旋回し、そちらへ注意を向ける。


 ……今だ。



 銃身の先端がじんわりと熱を帯びている。さっきの一射で熱を溜めてしまったのか、それとも風が止んだことで空気が籠もっているのか。



 トリガーにかけた指に汗が滲み、わずかに滑る。思わず、右手を引いて額を拭う。けれど、銃から目は離さない。照準レンズに当てるのは難しい



 ――ならば、他の部位を狙うしかない。



 私は再び構え直し、深く息を吸い込んだ。



 視界の中で、大型ドローンは遊撃隊の攻撃を受けながら、身を低くして前傾姿勢を取っていた。肩の装甲がせり出し、頭部がやや下を向いている。照準レンズは視線から外れ、スコープの中心に捉えづらい。



 しかし――その奥に、制御コアのある上部装甲の縫い目が見える。内部機関に通じる接合部。そこなら、あるいは。


(当たるかは分からない……でも、やるしかない)


 自分に言い聞かせるように、息を吐く。肺を絞るように、全てを吐ききって、視界を安定させる。


 チャージ音が静かに銃身から立ち上がる。


 ピィィィ……という高音が、緊張感をかき立てる。



(……今)




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