ep.17
埃の匂いと沈黙の中、再びヘッドギアに通信が走る。
「――こちら、ハーローです」
その瞬間、誰もが一斉に耳に手を添えた。
微かに反応音が交差し、皆の意識が一点に集中する。
ハーローは、先ほどと変わらぬ落ち着いた声で話し始めた。
「それでは、本作戦について、もう一度確認いたします」
「目標は、強化装甲を備えた大型ドローンの破壊、及び撃破です。敵は大型8機、小型200多数と確認されています。……この時点での戦況は、最悪と判断されます」
冷静な言葉が、静かに心を締め付けた。
だが、それが余計な感情ではなく、必要な現実として突き刺さる。
「今回使用する兵装は、特殊個人携行型電磁投射兵装――RG-X」
その名を聞いた瞬間、誰もが視線を背のツィナへ送った。
「狙撃が成功すれば、敵の指揮系統は一時的に麻
痺します。その間に追撃が可能となります。再編成までの短い時間、なるべく多くの敵機を撃破していただけます」
壁に背を預けていたルーアが、ふぅ、と息を吐いた。
その顔には不安ではなく、楽しむ者の目があった。
「作戦時間は、およそ3分。バベルの射撃準備から発射までが1分強。残りは――攻勢の時間です」
簡潔でいて、容赦ない。
1分で決まる。ならば――
「部隊編成を伝えます。戦闘部隊、ルーアさんとリネアさんは遊撃。敵の注意を引き、撃破対象を狙撃範囲に誘導していただきます。護衛部隊はその後方を守り、小型ドローンの撃破および退路の確保を。輸送隊の方は、この周辺の防衛にあたってください」
ハーローの声は変わらず澄んでいて、どこか人間離れした冷静さすら感じる。
「ミサイルが来た場合は、そちらの箱にある対空迎撃銃での対処をお願いします」
私は視線を横にやる。
壁際の木箱。開け放たれた中には、ショットガン型に近い中型ライフルが数丁並んでいた。
「他にご質問があれば、今のうちにどうぞ」
その言葉に応えるように、ルーアが軽く口を開く。
「ハーローちゃん、お願いがあるんだけどー。TACTIS、いいかな?」
「はい、構いません。支援射撃ではなく、TACTISオペレーターとして、ルーアさんとリネアさんのバックアップに努めます。ただし、ひとつ……私に護衛を1人、つけていただけませんか?」
一瞬の静寂。
そして、それを破ったのはこの場にいない護衛の声だった。
『……私がする。いい? 隊長?』
ジェレの声。
イルザが短く応じる。「任せた」
すべてが整う。
「では、ツィナさんをこの上まで運んでいただく方……ええと、マキアさんですね」
私の名が呼ばれた。
反射的に頷き、背中を一度ぐっと上げる。
「それでは、本作戦での通告は以上になります。健闘を祈ります」
通信が切れた。
それぞれが動き出した。
銃のセーフティを外し、弾倉を確認し、兵装のインジケーターに異常がないかをチェックする。
最終確認――それは儀式のようなもの。けれど、命を賭ける現場では、何よりも確かな前提。
ルルレとシャリが、腰にAR-8《コリオ》と携行型迎撃銃をしっかりと装着する。
その動きは、訓練を超えたものだった。
――もはや、空輸隊というよりは完全な戦闘部隊のような立ち居振る舞い。
それでも、彼女たちの手には空輸隊仕様のグローブがある。
それだけが、私たちが運搬と支援に特化した部隊であることを、かろうじて示していた。
「……二人とも、様になってる」
思わず漏れた本音に、ルルレとシャリは揃って苦笑いする。
まるで「そんな風に言われたくなかった」とでも言うように。
「あはは……全然、嬉しくないかも」
「だよね……緊張する……できるかな、私……」
彼女たちの言葉には、嘘のない不安が滲んでいた。
その横で――護衛部隊と戦闘部隊の者たちは、あまりに余裕を見せていた。
ルーアがリネアに軽く肩を寄せて言う。
「小型ってさー、何発で倒せたっけ〜?」
「三、四発で十分。照準が合えば、一発ってとこかな」
「じゃあ、計算だと何機くらい倒せる?」
「一人……五十。限界を言えば」
「ふふん、全然足りないじゃーん。相手、二百だよ?」
リネアは肩をすくめた。
「そりゃそうだよ。倒しきるなんて…最初から無理な話だからね。僕らの役割は囮。注意を引いて、時間を稼ぐ。――たった三分…」
「ふふ、やだ、心強いね~」
二人は、まるで作戦前とは思えないほどに穏やかだった。
まるでこれからちょっとした演技に出るかのような、そんな余裕さえある。
そんな中、背中から声がかかった。
「さて! 我々も、そろそろ上へ行こうか!」
ツィナが背中から身を揺らす。
私は一歩を踏み出す。
扉を押し開け、建物の外へ出る。
目の前には、不気味な赤い空が広がっている。
曇天と煙が混ざり合い、空全体が傷んだ肉のように歪んでいる。
腰部兵装とレッグギアの推進ノズルが低音を響かせる。
熱を帯びた風が、足元から吹き上がり、私の髪を舞わせた。
「行くよ、ツィナ」
「うむ!」