ep.16
区画Dを大きく迂回する形で、私たちは慎重に進んでいた。
道中、目立った交戦もなく――というより、不自然なほど静かだった。
そのことが、逆に神経を逆撫でしていた。
敵の気配は感じない。それでも、誰もが背後に視線を感じるような、落ち着かない沈黙の中にいた。
舗装のはげた路面を滑るように、私たちは低空滑走を繰り返す。
空気を切る音が耳に触れるたび、背のツィナが揺れ、その巨体のレールガンがわずかに軋んだ。
「……」
私は振り返らず、ただ前を見据える。
護衛たちの動きも的確で、無駄がない。
ルーアがリネアにアイコンタクトを送り、二人の歩幅が揃っていくのが視界の隅に映った。
そして、区画G――
高層の建造物が並ぶ中、視線を上げて目についたのは、ひときわ目立つ鉄骨の塔だった。
一つ、二つ、三つ……
いずれも狙撃に適した高所。死角も多く、遮蔽としても優秀。
「ここ……だね」
ルーアが呟くと、先頭のイルザが静かに手を上げて停止の合図を出した。
建物の陰をすり抜けるように滑走し、私たちは素早くその周囲へと散開する。
誰もが息を殺し、音を立てず、足音すら最小限に抑えていた。
緊張の糸が張り詰めたまま、しばらく進んだそのとき――
ヘッドギアの通信機から、澄んだ少女の声が響く。
「こちら、ハーローです。お越しいただいてありがとうございます」
その声色は穏やかで柔らかさを帯びていた。
「引き続き、今回の部隊編成と作戦行動について話します。まずは屋内で身を隠していただけますか?」
私は顔を上げ、塔の脇にあるビルの裏口へ視線を送る。
すぐにイルザも同じ方向を見て頷いた。
「よし、中に入る。ルーア、後方確認。リネア、進入口を確保をお願い」
「おっけ〜」
「了解」
素早く動く二人の間を抜けて、私はそっと背のツィナを庇いながら建物の影へと滑り込む。
中に入ると、ほこりっぽく、無人の空間が広がっていた。かつてオフィスだったのだろうか。荒れ果てた机や壊れたモニターがそのまま残されていた。
皆が散開し、射線を遮る壁の裏に身を潜める。
私は静かに息を吐き、ベルトの固定を再確認する。
ツィナの体重はずしりと背にかかっていたが、不思議ともう重さを感じなかった。
代わりに、その重さが自分を保たせているような、そんな感覚があった。
「ハーローちゃんって……どんな子なんだろうね」
ルーアが小声で呟いた。
誰も答えなかったが、その問いは確かに、皆の興味を引いた。
戦いの直前――静けさが満ちるこの空白の数分。
嵐の前の、わずかな呼吸の時間だった。