ep.13
「くたびれた!なんだこの運転は!」
車内から飛び出すなり、彼女は不機嫌そうに叫んだ。
「ワタシの首が折れるところだったぞ!何度、銃身に頭をぶつけたと思っている!」
その怒声に、車窓を開けた先ほどの兵士が楽しげに笑って返す。
「悪ぃ悪ぃ、輸送はスピードが命ってな!」
彼女が両手で抱えていたのは――あまりにも巨大な銃だった。
彼女の身長とほぼ同じ…いや、それ以上かもしれない。
ざっと見ても2メートル級の長大な火器。
機関部には見慣れぬ形状、極端に太い銃身と複雑なスコープ。
何より、銃と腰部装置を繋ぐ太いケーブルが異質さを際立たせていた。
一目見ただけで分かる。
これは私たちのような標準装備ではない。
まるで“人間が扱う限界”を超えて作られたような――そんな存在感。
そんな兵装を片手で持ち直しながら、彼女はこちらに視線を向けると堂々と胸を張った。
「君たちが護衛…だな?」
声に迷いはない。むしろ誇らしげですらある。
「ふむ!良い顔ぶれだ!ワタシが例の大型を狙う!それが私の使命だ!他の大型と小型は任せる!共にこの作戦を勝ちとろう!」
言い終わると同時に、拳をぐっと突き出す。
まるで演説のようなその言葉に、思わずこちらの肩が少しだけほぐれた。
妙に晴れやかな、だけど頼もしい空気。
――その直後、輸送車の荷台から二人の私達と同じ標準装備の子が跳ねるように降りてきた。
そのうちの一人が重たい箱を片手でぶら下げ、地面にドスンッと置く。
ロックをパチンと外し、開いた中身にはずらりと並ぶ銃器。
「は〜い、どうぞ〜? 輸送ちゃん達〜?」
明るい声で手招きする。
「護衛ちゃん達はスナイパーライフルとかお好み? あるよ〜。各自、銃を持ってない方は受け取ってくださいね〜」
差し出されたのは《AK-8 コリオ》。
中型のアサルトライフル、標準兵装の一つだ。
私はそれを両手で受け取る。
ズシリ――手にのしかかる金属の重み。
マガジンを確認。
弾は装填済み。
エネルギー残量、問題なし。
単発も連射もできる汎用性重視の一挺。
マガジンは30発前後――この状況では心許ないけれど、それでも無いよりは遥かにマシ。
けれど、思った。
当てられる気がしない――。
その重みが、私の掌にじっとりと汗を滲ませる。
突然、通信が入る。
【ピーッ】という短い起動音の後に、幼くも落ち着いた高い声が流れた。
周囲の反応から見て、その音声は私だけでなく全員に共有されているらしい。
「皆さん、ご集まり頂けたようなので、連絡をさせて頂きました。私、後方狙撃支援部隊第六部隊、ハーローと申します。区画Gの高所にて、皆さんの所在の報告をお受けいたしました。それでは、作戦概要に移ります。」
言葉の一つ一つは穏やかで丁寧。
だが耳に届くたびに背筋が冷えていくような感覚があった
護衛部隊の子たちも、目の前の少女たちも、その場で一瞬の静止。
全員が、音を立てぬよう、耳を澄ませている。
私もまた、息を殺して次の言葉を待った。
「今回の作戦は、個人用重狙撃兵装――携帯型の大型レールガン『バベル』を用いて、強化装甲型の大型ドローンの撃破、破壊を目的としたものです。」
その名が告げられた瞬間、私たちは皆、彼女の手元を見た。
そう、あの身の丈ほどもある銃――それこそが『バベル』だった。
彼女こそが、作戦の鍵。
「まずはその子、つまり作戦の中核となる狙撃手を、私のいる区画Gの高所まで搬送してください。狙撃準備に入ります。護衛部隊の方々には、以後この地点を死守していただきます。」
まるで、言葉に応えるように彼女――重火器を構えた少女が一歩前に出る。
あの軽快な口調とは裏腹に、その横顔は真剣だった。
私は無意識に生唾を飲む。
「話だけ聞けば簡単に思えるかもしれませんが、現状、敵機は小型200機以上、大型8機、そして例の個体が確認されています。」
その数だけで、私の背中を汗が伝う。
「現在は我が部隊のシュリが、区画HとE付近で敵を引きつけてくれていますが、いつまで持つかは分かりません。」
「詳しくは、合流した時に。一度、こちらへ移動してください。」
通信はそれだけで、スッと途切れた。
音が消えた。
その瞬間、まるで空気そのものが重くなった気がした。
誰も言葉を発しない。
けれど、誰もが理解していた。