ep.11
道のりは、思っていた以上に長かった。
彼女――イルザさん――の後を追いながら、私はふと、自分たちが通ってきた地理を頭の中でなぞっていた。
この区画の分け方は、大通りを基準にされている。
中央を縦断する形でC、F、I、Jといった広大なエリアがあり、それぞれがいくつもの路地やビル群を抱えている。特にC地区には私たちの前線基地が置かれていた。その西隣にあるA地区は、いわば最も後方――いわゆる戦域の「端」だった。
そしてその先には、“荒野”が広がっている。本隊はさらにその向こう。だから、ここは本当の境目だ。
私が知っている作戦域は、せいぜいこのあたりまで。東の状況は正直あまり把握していない。
輸送部隊にとっては戦場の地図は「通る道」以上の意味を持たなかったからだ。
そんな中、イルザさんは一度立ち止まり、短く通信を取る。
状況報告か、それとも指示の確認か。いずれにしても、その表情には焦りも迷いもない。
連絡を終えると、一呼吸だけ深く息を吸ってから、何事もなかったようにまた動き出す。私はその後を静かに追う。
そのとき、
パァン…!
乾いた音が、また一つ、どこからか響いた。
あの狙撃音。今回は一発きり。応答もない。
直後――
ドン……グォォオオン……!
呼応するように爆発が起きた。音は遠い。だが、決して“安全な距離”とは思えない重く広がる炸裂音。ミサイルか、榴弾か。地鳴りのような低音が腹に響く。
「……ッ」
思わず空を見上げた。
そこには、相変わらずの澄んだ赤い空が広がっていた。濁りはない。けれど、不気味だった。
まるで血の海をひっくり返したような、静かすぎる空。今にも血の雨が降り出しそうな――そんな空。
空には、ドローンはいない。
さっきまでもわずかに飛び回っていた影も気配も、もう見えない。
代わりに聞こえるのは、イルザさんと私、二人が踏み鳴らすレッグギアの足音のみ。
そして、私たちはA地区に突入した。
崩れかけたコンクリートのトンネルを潜り抜け、粉塵が舞う瓦礫の道を進み、やがてひとつの建物の中に身体を滑り込ませる。
ここが、合流ポイント――
イルザさんは無言で、窓の隙間から荒野を見やる。
視線の先、A地区の境界線はくっきりと切り取られていた。まるで誰かが線を引いたように。
舗装された都市の終端と、荒れ果てた赤茶けた土の世界。その境目は、自然な風化ではあり得ないようなほど、あまりに明瞭なもの。
まるで――「ここから先は違う世界だ」と言わんばかりに。
そして、その荒野から、今まさに誰かが来るという。
シュリが言っていた、“特殊兵装の子”。
あの強化装甲を纏ったドローンを、真正面から破壊するために。
私は身を伏せながら、呼吸を整える。