ep.10
「……ルート確認」
イルザさんの声が緊張感を帯びる。
「今いるのは区画E、北側の区画。ここから裏通りを抜けて、西側の区画Aへ向かう。そこが最終合流地点」
私はうなずきながら、自分の中で地図を思い描く。
彼女の目は鋭いけれど、声は落ち着いていた。
「裏路地と壁沿いを使って、北西回りで行く。区画Bを経由して区画Aへ。途中、大通りを渡る箇所だけ、飛行で駆け抜ける」
私はもう一度うなずいた。
区画の配置を、頭に焼き付ける。ここが戦場であり、迷えば命を落とす場所。
…足を止める理由は、どこにもない。
私は、最後にもう一度だけ、後ろを振り返った。
瓦礫の影――クロアが、静かに横たわっている場所。
「……ありがとう、クロア」
声は風に溶けて消えた。
そして私は――踏み出した。
ここから先は、前に進むだけ。
どんなに怖くても、何が起きても、
もう私は一人じゃない。
カチャリ――。
レッグギアが地面を踏みしめる控えめな音が鳴る。小さな金属音、けれどそれは飛行するよりもずっと静かで、目立たない。
前を行く護衛隊長――イルザさんの背を、私は一心に追っていた。
彼女の動きは正確で、慎重で、無駄がない。交差点に出るたびに、視線と手信号で私に合図を送り、会話は最小限。『待て』『行け』。それだけ。緊張が体を包む。全身が神経の束になったような感覚。余計なことを考えれば、その隙に命を落とすかもしれない。
静かなまま、私たちは開けた場所を抜け、慎重に区画Bへと突入する。非常口跡、焦げた鉄骨の塊、壊れた案内板を過ぎて、今は壁沿いの裏通りを進んでいる。
息を整える暇はない。
だけど心の奥では、別の考えが蠢いていた。
訓練期間中、私たちは常に評価されていた。
飛行操作の正確さ、射撃精度、通信での応答速度や指示理解度――それらすべてで序列が決まる。
その結果、優れた成績を持つ者は戦闘部隊へ。次に前線支援部隊、護衛部隊。そして最後に、私たちのような――輸送部隊。
つまり、落ちこぼれだった。
戦えないわけじゃない、でも優秀とは言えない。せめて物資を運び、通信を補助し、最低限の仕事をこなす。そういう立ち位置。
けれど、戦況が変われば話も変わる。
前線が崩れ、消耗すれば、次に出されるのは私たちだ。守られる側から、戦う側へ。繰り上げのように順番が回ってくる。それはずっと前から知っていたことだった。
だけど、それが「今」だとは、思っていなかった。
私は無意識に足に力を込めていた。
意識して、強く、前へと踏み出す。迷えば止まる。止まれば死ぬ。分かっている。
目の前の背中は、大きかった。
私と年齢はそれほど変わらないはずなのに、彼女の足取りにも、その横顔にも、迷いがない。まるでこの戦場に生まれ、育った者のように。
――私も、こうならないと。
レレリ、ルーレ、シャリ。
輸送部隊の仲間たち。私が今ここで怯え、止まれば、あの子たちはどうなる?誰が守る?
私は右手に嵌めたクロアのグローブを見た。
彼女が残したもの。きっとこれが、私の番だということ。
「……私が、守る」
小さく、声に出して呟いた。