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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

キス×スキ

「……またか」


時計を見て、ため息を吐く。

午前0時、童話のお姫様の魔法が解けたように俺は目が覚めてしまう。起きたくてこんな時間に起きているわけではない、起きてしまうんだ。早めに寝ても遅く寝ても0時に目が覚める。なんで0時なのかはわからない。そしてそこから朝まで続く、あいつのことを考えてしまう時間。考えをなんとか逸らしても、すぐに思考に戻ってくるあいつ。

なんなんだよ、もう……と文句を言ってみても、それは届かない。




あの日、俺はとにかく眠くて部屋で昼寝をしていた。どのくらい寝ていたのかはわからないけれど、部屋のドアをノックする音で少しだけ意識が現実世界に戻された。でも瞼が重たくて目が開けられない。誰だろう、と半分夢の中の頭で考えていたらドアの開く音がした。


慧都(けいと)……あれ、寝てるのか」


隣の家の翔磨(しょうま)の声だ。起きなくてはと思うのに起きられない。いや、意識は少しだけ覚醒しているのに眠すぎて瞼が上がらない。「ごめん、後にして」と言いたいのに口も重たくて言葉が出てこない。せめて手だけでも動かして合図を……と思ったけれどそれも無理だった。


「後にするかな……」


そうしてー、と言いたいけれどやっぱり言葉が出ない。しんと静かになり、また眠りの世界へと意識が移っていく心地よい感覚にうとうとする。ふわりとなにか柔らかいものが唇に触れた。


…………。


パタン


「!?!?」


ドアの閉まる音がして、同時に完全に覚醒する。さっきの感触はなに……!? 唇に触れてみるけれど、そこにはもうなにも残っていない。でもたしかに柔らかいものが触れた。あれは、まさか、まさか……。


「…………キス……?」


その単語を口にした瞬間に顔が猛烈に熱くなった。


同い年で幼馴染の翔磨。幼稚園からずっと一緒で、同じ高校に行けるかなって話して、ふたりでどきどきしながら合否発表を確認した。ふたりとも合格で、そしたら「大学も一緒がいいね」と翔磨が言い出して、気が早いって俺が言ったっけ。いつも笑いかけてくれて、心配してくれて、たまに意地悪な翔磨。かっこよくて人気者タイプなのにそれを自慢したりしない。

で、その翔磨が俺に……なにをした?


「え? は? なにそれ……え、どういうこと?」


キスって、キスだよね……? 恋人同士がする、キス。口づけ、接吻。嫌いな人にすることはないだろう。ということは……。


「翔磨は俺が好きなの……?」


問いかけたくても相手はすでにいない。


午前0時に起きるようになった原因。




もやもやと翔磨のことを考える。俺が好きなのか、好きだからキスした……? それともただの気まぐれ? ううん、翔磨は気まぐれでそんなことをするような奴じゃない。ということはやっぱり……。


「あーもう……!」


ぐるぐる同じことを考え続けてしまう時間、翔磨のこと以外を考えられない時間。本人に聞けばいいのになぜか聞けず、毎日この午前0時の覚醒と“翔磨タイム”を繰り返している。だからずっと寝不足だ。昼寝をしようにもなぜか目を閉じても眠れないから、本当にもう限界。


「忘れよう……寝る!」


この宣言も何回目だろう。なんでこんなに翔磨のことばかり考えているんだ。よくわからないけれど負けた感じで悔しい。

忘れる……今日こそ本当に忘れる。それで寝不足ともさよならするんだ。

掛け布団を頭までかぶった。




「慧都、今日もクマできてるよ」


俺の部屋で翔磨とふたりで宿題をしていたら、テーブルを挟んで向かいに座る翔磨が俺の顔をじっと見て言う。誰のせいだよ!? と思うけれど、とりあえず冷静になってみる。興奮しちゃいけないから深呼吸。


「まあ、ちょっとね……」

「最近ずっとだね。眠れないの? 悩みごと?」

「……そんなとこ」


翔磨のせいだよ! と心の中で叫んで小さくあくびをする。

翔磨はあの件の前と後とでまったく様子が変わらない。もしかしたら、やっぱり気まぐれだったのかも……と思ったらなんだか切なくなった。そんな自分に戸惑う。


「相談できることなら、いつでも相談にのるよ?」

「……うん」


相談できることならね。できないから、こんなに毎日もやもやしているんじゃないか。

そこでふと思う。別に翔磨に特別な感情を持っているわけじゃないのに、どうして直接聞けないんだろう。いや、人としては好きだけど、恋愛感情などの気持ちを持っているかと聞かれたら持っていない。翔磨になんて答えられようと構わないはずなのに、なんで聞けないんだろう。気まぐれだった、ちょっとした悪戯、と言われたって別にいいはず。


「……」


なんでだ、どうしてだ……。自分自身に問いかけるけど、答えは出ない。新たな考えごとができてしまった。ノートを睨みつけながら考え続ける。なんでだ。

そんな自分に苛立ってなにかが切れた、のだと思う。


「翔磨は俺のことが好きなの!?」


顔を上げて聞いてしまった。口に出した瞬間に後悔して、なぜ後悔なんだ、と自分にまた問いかける。翔磨は一瞬きょとんとした後に頷く。


「好きだけど?」

「人としてじゃなくて、恋愛感情持ってるのかって聞いてるんだよ」


俺の質問に翔磨は表情を変えない。


「どっちにしても好きだけど?」

「……っ」


頬がかあっと熱くなり、暑いせいだと自分に言い聞かせる。室内は秋風が窓から入ってきて涼しいくらいなんてことは知らない。


「それがどうしたの?」

「『どうしたの』じゃないよ! じゃあ好きだからあんなことしたの!?」

「『あんなこと』?」


言われていることがわからないという顔をされるから、冷静に、なんて欠片も思えなくなってしまう。


「寝てる俺にキスしたよね!?」

「!!」


翔磨が表情を変え、徐々にその頬が赤らんでいく。


「っ起きてたの!? 寝たふりなんて卑怯だよ!」

「寝込み襲うのとどっちが卑怯なの!?」


俺の言葉に翔磨は言葉を詰まらせて少し俯く。


「それは……ごめん」


素直に謝られ、沸騰していたものが鎮まってくる。少しの間、室内に沈黙が走る。


「……好きだから、したの?」


どこを見ていいかわからないから、俯いた翔磨のつむじを見て聞く。


「……うん」


小さく、でもはっきりと答えが返ってきて、どうしてか更に頬が熱くなった。


「慧都が好き。ずっと前から好きだった」

「……そんな、そんなの……」


え、おかしいよね……なんで俺? 秀でたところがなにもなくて、目立たなくて。翔磨がそばにいなければ存在を忘れられてしまうくらいなのに……どうして?

聞きたいことを口に出そうとしても、うまく言葉にできそうにない。翔磨が恋愛感情を持って俺を好きになる理由がわからない。大切な幼馴染、という感覚ならわかるんだけど。


「……どうして俺なの?」

「好きになるのに理由がないとだめ?」

「……っ」


今度は俺が言葉を詰まらせる。


「別に俺を好きになってなんて言わない。でも慧都を好きでいることは許して欲しい」


テーブルに置いた俺の手に翔磨の手が重なる。


「……」


重ねられた手を見つめる。なぜだろう、戸惑いがない。むしろどきどきしてしまう自分のほうに戸惑う。

好きでいるのは自由だから構わないけれど、好きになってくれなくていいなんて、そんなの……。心の中で、なにかが疼く。

そこに突然訪れる眠気。


「……あれ?」


なんで? なんでこのタイミングなの? まだ話したいことがたくさんあるのに……いつもはどうやっても昼寝もできないのに。


「慧都?」


翔磨が不思議そうな表情で俺を見ているのが霞んでいく。瞼がどんどん重たくなってくる。


「大丈夫?」


重ねられた手が離されて、すぅっと波が引いて行くように眠気が覚める。そして翔磨が俺の頬に触れたらまた眠気がやってくる。これは、まさか。


「……」


まさか、な……。

そう思いながらベッドに移動して横になる。翔磨は更に不思議そうな表情をする。


「翔磨」

「なに?」


手を翔磨に差し出す。


「ちょっともう一回握って」

「? うん……」


翔磨が手を握ってくれるとふわふわと眠気が訪れる。なんだろう、この不思議な現象。翔磨に触るとすごく落ち着くから? ……でも考えたくてももう無理。重すぎる瞼は完全に下り、眠りの世界へと吸い込まれていった。




「……慧都?」


よくわからないけど、慧都は寝てしまった。なにがなんだかわからない。握ったままの手は軽く握り返された状態。あの会話からこの状況で本当に寝ているんだろうか。


「本当に寝たの……?」


返事がないのでひとつ溜め息を吐き、寝顔を見る。無防備な寝顔。


「ねえ、慧都」


呼びかけてみるけど答えがなくて、もう一回溜め息。


「きみを好きだって言ってる男の前でそんなに無防備に寝てていいの?」


問いかけても聞こえるのは寝息のみ。手は握られたまま。


「知らないよ、どうなっても……」


そのあどけない寝顔を見つめながら言ってみても、やっぱり寝息が返ってくるだけ。頬をつつくと柔らかくて、思わず口元が緩んでしまう。


「……ん……」


起きたかな? ……いや、起きてない。柔らかな頬を軽く指でなぞり、手を添える。


「……慧都が悪いんだからね」


そっと呟いて、あの日のように顔を近づけた。




END

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