告白前に決着がつくのは割とある
「……なんかもうつまんないなぁ……面白いこととかないの?」
会議中、我らが聖峰学園の生徒会会長―――西園寺環がその言葉を発した時、この場にいる者全員に本日何度目かの緊張が走る。
「……僕らがわざわざ集まってまでやることかねぇ……いっそ、」
「環君!!」
副会長が、滅多に上げない程の声量で会長の言葉をかき消した。
(すごい……流石です、明里先輩!!)
強く主張するのが苦手な明里先輩が、幼馴染とはいえ正面から相対するのにどれ程の勇気がいるのだろう……皆、口には出さないが明里先輩への尊敬ゲージがカンストした。
(けど、止めるためとは言え名前呼びは悪手です……!!)
「大きな声出して珍しいね、どうしたの?明里」
先程の心底つまらなそうなものとは違う、ピーナッツバターに蜂蜜を合わせたくらいに甘い声で会長が問い掛ける。
「え、えっと、……そうだ!今日はおばさんが帰ってくるって言ってたよね!早めに帰るのもありなんじゃないかな!」
「そういえば、そんな事も言ってたね……よし、じゃあ帰ろうか明里」
「ぇ゙……いや、私は、ほら、ね?」
「母さんも明里に会いたいってうるさいし、少しくらいは会わせて上げないとね?明里の自宅への連絡はしておくよ……大丈夫、取って食べたりしないから……多分」
明里先輩は少し泣きそうな顔で辺りを見回すが、ご機嫌な様子の会長を止められるものは誰もいなかった。すみません。
「……なんとか、なりましたね……」
「一時はどうなるかと思ったけどな」
「明里先輩……尊い犠牲でした……南無……」
「……慕ってるくせに、こういう時絶対に止めないんだよなこいつ」
うるさい。恋愛関係は繊細な問題なんだぞ。
私は馬に蹴られたくはないのだ。
せめてもの救いは、明里先輩本人が会長を好きだということだろう。あのギリギリで人類側に踏み止まっているだけの人格破綻者のどこが良いかはよく分からないが、明里先輩が好きだというのだ、人間的にもどこかに良いところはあるのだろう。
(少なくとも明里先輩を選ぶあたり見る目はあるし)
なんて本人には直接言えない事を考えていると、会計の南雲彰人が呆れたように私を見る。
「顔に出てんだよ、もう少し取り繕え」
「見ないで下さい。セクハラです」
「食い気味に言うことか!?」
この学園では、何故か生徒会の権力がすごい。イベントでは必ず、それ以外にも口を出しては意見を反映させる事だって出来る。その分仕事も多く、これって実質学園を運営してない?って思うくらいには生徒会室には書類が積み重なっているのだ。
それもその筈。政府が主体となって運営するこの学園は、これから国の先頭を切って発展させていくような将来有望な若者の為に開かれ、それぞれが十全に能力を発揮することが求められている。
だからこそ、入学するだけでステータス……生徒会なんて喉から手が出るくらいには皆が欲しているものだ。
とはいえ、親が望んでいようが正直私達には関係がない。規則はあっても突飛なものじゃ無いし、ギスギスドロドロ蹴落とし合いで居心地が悪い、なんてこともないような実際に通っている身からすれば、これでステータスになるのが意味分からないくらい普通の学園生活だ。
───それは明確に王が決まっているのが大きい。
文武両道、眉目秀麗、自身で稼いだ分だけでも世界有数のお金持ちの西園寺環によって、私が入学した頃には彼とその他からなる国が出来上がっていた。
……二年前までは大変だったらしいが、今は会長がいなくなってもむこう十年は平穏だろう、とはかつてを知る二、三年生の総意らしい。……ホントに何があったんだ?
「やぁ、お疲れ様です。おっけ今日もタイミングカンペキじゃん」
「遅刻ですよー北見先輩。コーヒーお願いしますね。ブラックで」
「俺は砂糖とミルクをお願いします」
「相変わらず扱い雑くない?別にいいけど」
一応先輩なんどけどな……なんて呟くのは、書記の北見修成先輩である。
私達より一年長く会長を知っているからか、今日のように無茶振りが来そうな時などは上手く躱して自身の被害を最小限にしている。
「どうぞ。それで?会長は副会長を連れて行ったわけだ……あぁ、やっぱり急ぎの案件は終わってるね」
「そういうとこはキッチリしてますよね」
「手を打てるといっても、無駄に口実を作りたくないんだろうね。文句を言えるやつなんていないけど」
「絶対王政ですもんねー。こっわーい」
「その怖い組織に関わっている方が言うことじゃないけどね」
失礼な。少なくとも私は普通である。
「ぅぅ終わったー!甘いもの食べたーい!」
「うるっさ……もう少しボリューム落としてくれませんかねぇ?」
「鼓膜の交換でもしたらいいんじゃないですかねー」
「出来るかそんな事!」
「いや、南雲くんならきっと出来ますよ!諦めないで!」
夕陽が沈むきる前に片付ける事が出来て気分上々な私に心無い言葉を掛けたからには責任を取ってもらわねばならないだろう。
「クレープでお願いします!イチゴ!」
「俺が奢るのか!?」
「相変わらず仲いいねぇ、二人とも」
「北見先輩も一緒に行きます?」
であればブルーベリーも追加出来そうだ……。
「…………」
「えぇ?……今回は辞めとくよ、馬に蹴られたくないからね」
「ブルーベリーが去っていった……」
なんともお労しや私上。ブルーベリーはまた今度にしよう……。
「どんだけ食べるつもりだったんだよ」
「ベリーとベリーでWベリーの幸せセットだったんですよーだ」
「普通に二つ入ってるのでいいだろ」
「別々のものを食べるからいいんですー」
それ用に整えられたクレープはもちろんいいが、それぞれに合わせたクレープを口の中で合わせるのがいいのだ。たとえ無駄だと言われようとも。
「ほらほら、二人は早く帰りな。後の事はやっとくから」
「さっすが北見先輩!ありがとうございまーす!行くよ南雲君!クレープが逃げる!」
「あっおい!……すみません、よろしくお願いします」
「はい、また明日……頑張ってね?」
「…………はい」
「うぇっへへ、やっぱり頑張った後の甘いものはいいですねー」
「相変わらず美味そうに食べるな」
「そりゃ美味しいですもん。でも、ホントに良かったんですか?奢ってもらって。さっきの一応冗談だったんですけど」
「別にいい」
「じゃあ、ありがとうございます。今度は私が何がご馳走しますよ」
「中山が選ぶなら間違いないだろうな」
中々嬉しい事をいってくれるじゃないか……これは私への挑戦と見た。
美味しすぎてどひゃーって言わせてやるぅ……。
「っていうか結局イチゴなんだな」
「私のこだわりですからね」
めちゃくちゃ悩んだけど。
「そういう南雲君は何選んだんですか?」
「……ほら」
「はい?」
急に南雲君が手に持ったクレープを差し出してくる。
「ブルーベリーだよ……別々のがいいんだろ」
「なんと……でも流石にクレープ二つは入らないです……くやしい」
「さっきは食べる気まんまんだったろ」
「気力はあっても物理的に入りません」
これが休日だったらワンチャンあったのに……!
「そうか、残念だったな」
「くっ……!不覚です」
「何がだよ」
なんとなく何か負けた気がするのだ。
「ひ、一口とかなら……」
「…………は?」
「……冗談です」
悔しいので土曜日に二つ食べよう。
それをもとに私にも出来るって事を見せつけてやるのだ。
「恨めしそうな顔するなよ……ほら」
「い、いいんですか!」
なんて優しいのだろうか。
やはりこれも全て私の日頃の行いの良さか。
差し出されたブルーベリーのクレープを一口食べると特有の甘酸っぱさが口の中に広がっていく。イチゴとはまた違った美味しさの余韻が残っているうちに、私が持っているクレープを食べると個々の旨味がぶつかりながらもマッチしていくのを感じる。
(く〜っ!これこれ!どちらも両立するような調整のされてない事による旨味の喧嘩と調和!)
「よくわからんが美味そうでよかったよ」
「はい!美味しいです!じゃあ、はい!」
「?」
「南雲君も一口どうぞ!」
仲良しの南雲君にも、この遠回りによる味のハーモニーを味わっていただきたいのだ。だから当然と思ってクレープを差し出すと、南雲君はクレープと私を交互に見て固まってしまった。
「どうしたんですか」
「いや、その」
言い淀む南雲君を不思議に思っていると、近くを通っていったお姉さん達が話していた事が耳に入った。
(……こ、これは俗に言う"はい、あーん"というやつでは……?)
それは南雲君も固まる。
私だって、気付いた今では固まってしまったのだから。
「う、あ、えっと……」
「……中山」
「はい!」
「いいんだな?」
「はい!…………はい?」
いいんだな、とはなんなんだろう。
そう私が疑問に思っていると、やけに真剣な顔をした南雲君が目の前にいた。
「あの、南雲君っ……」
思ったよりも近い距離にびっくりすると、何かが唇に触れた気がした。
「へ、あ、え?」
「………これは、確かに美味しいな」
「よ、かったです?」
美味しい、何が?
いや、おすすめしたけど、差し出したクレープを食べてた訳じゃなくて。
(キ、キス……って事ですか!もしかして!)
顔が熱くなっていくのを自覚する。
「……よかった」
「なにが、ですか?」
「嫌がってるわけじゃないのが分かったから」
「!?」
「顔見たら、それくらい分かる……告白もせずにいきなりなのは謝る。けど、これからはもっと積極的にアピールしてくから、そのつもりで」
告白はして欲しい。
いや、積極的にアピールってなんだ。
キスってアピールの先のゴールじゃないのか。
いや、それよりも……。
(バレてる……!顔見たら分かるって何!?ズルじゃない?こっちは分かんないよ!?)
思いがけない状況に思考がまったくついていかない。
クレープを食べに来ただけで何故こんな………。
「これからもよろしく」
「……お手柔らかに、お願い、します」
少し普段よりも赤い顔をして言われたら、それ以上の言葉は告げられなくて。
アピールするよりも告白してくれないと、こっちの心臓が保たなそうなのが分かってしまったのである。