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ホッとルイボスティー

作者: 九JACK

 最近、食後に旦那がお茶を出してくれるようになった。妊娠中の私を気遣ってか、ルイボスティーである。

 凝り性のヤツのことだから、淹れ方とかちゃんと調べたんだろうな。最近は料理も作ってくれるようになった。栄養とか、メチャクチャ調べてるんだろうな。

 でも、私には不満がある。旦那との仲は悪くないが、良くもないと思っている。何故なら、旦那は何も言ってくれない。確かに料理を作って出してくれる。そりゃ、「食べて」とか「飲んで」とかは言う。

 だがしかし! 「美味しかった!」と伝えても「ありがとう」と言っても、ヤツは「そう」としか言わない!! これは、さすがに、塩!!

 もしかしたら、「夫婦だから」という義務感でやっているのかもしれない。旦那は「真面目」という概念をそのまま人の形にしたような人間だ。公務員なのだが、滅多に仕事を休まない。頭が痛くても、咳がひどくても、ふらふらでも「熱はないから」と仕事に行ってしまう。

 足を骨折したときはさすがに休んだが、メールやら電話やらを駆使して、資料作成の雛型やら、必要資料の場所やらのやりとりをして、なんだかんだ、結局仕事しかしていなかった。

 私がどれだけ心配しても「うん、そっか」としか言わず、作業はやめるけれども、「心配してくれてありがとう」がない。まあ、感謝って強要するもんでもないとは思うけれども、ここまで感謝の言葉が出ないのもどうなんかね?

 真面目で頭が堅いけど、誠実で、気が利いて。そういうところが好きで、結婚したけどさ。別れようなんて思わないけどさ、と私はカップに注がれた赤い湖面を見つめる。

 とても綺麗な色をしている。味なんて変わらないと思うのだが、旦那はお茶やコーヒーの一つ一つ、淹れ方にこだわりを持っており、紅茶のときも綺麗な水色になるよう、茶葉ごとの蒸らし時間とかメモしている。きっと、このルイボスティーもそういう工夫が凝らされているにちがいない。

 察することはできる。それくらいの付き合いをしてきたから。それでも、それでも……!

「ゆう」

「どうしたの、さえちゃん」

 流しで食器を洗っていた旦那が、わざわざこちらへ顔を出す。水道の蛇口もしっかり締めたようで、水の流れる音はしない。

 安心して、家事を任せられる。動画チャンネルとかで観る主婦の旦那への不満というのからは、かけ離れた生活を送れている。そのことには、メチャクチャ助かっているのだ。

「ルイボスティー、今日もありがとう。美味しいよ」

「そう」

「でもさ、ゆう」

 私が言葉を次いだことに、旦那は短く反応する。少し表情に乏しい眼差しが、私に注がれる。

「私、ありがとうって言ってるけど、伝わってる? 私、ゆうのことわかんないよ。ゆうは何も言わないで、食事を作ってくれたり、ルイボスティーを淹れてくれたりするけどさ、何を思ってしてくれてるの? 妊娠中の私を気遣ってかもしれないって察することはできるけど、ゆうからの言葉が欲しいよ。ゆうから言ってもらえないと、私の予想は私の予想のまま、思い込みかもしれないじゃん? 不安でしかないよ」

「さえちゃん……」

 あれ、口に出したら、なんだか言葉が溢れてくる。

「家事もさ、やってくれるのはありがたいけど、何も言わずにやるじゃん? 嬉しいけど、やりたくてやってるって言ってくれないと安心できないよ。それにゆうは平気で無理するし! なんも言わないから、もしかしたら不満を溜め込んでるかもしれないって、そうよぎったら、怖くて、なんか身を預けづらい」

「そっか」

「そっかじゃない!」

 がたん、と立ち上がり、ずんずんと旦那に近づく。まだ妊娠初期なので、体の動きに支障は出ない。それでも心配したのか、旦那の方も近づいてきてくれる。

「私は!」

 どうしよう、と思った。

 旦那が手を取ってくれて、水仕事をしていたから、冷えきっている指先を感じたら、どうしようもなく、涙がぶわりと浮かんだ。

 泣き出した私に、珍しく動揺する旦那。普段ならざまあみろとか、してやったりとか思う余裕があるんだけど、私はなんだかガチ泣きしてしまった。

「私は、言ってほしいの。無言の気遣いより……言葉が、欲しいのぉ……!」

「……うん」

 おいおいと泣き始めた私を、旦那は優しく抱きしめて、背中を撫でてくれた。くそう、あんまりにも優しくて、惚れ直しそうだ。

 そう思っていると、旦那の声がした。

「ごめんね、さえちゃん。世の女性は、こう、旦那さんが『言わずともしてくれる』方が助かる、みたいなのを求めてるのかなって思ってたから。……俺は、喋るとき、どう言葉にしたらいいかわからなくなるから、それでいいなら、無言でやって、気遣えたらって、思ってた」

「世の女性は世の女性よ。私は私だもん」

「本当、そうだね」

 旦那がくす、と笑う。

「言ってもらえて、助かった。苦手だからって、言葉にすることから、逃げたらだめ、だよね。本当、さえちゃんには助けられてる。さえちゃんのくれる言葉は、まっすぐで、きれいで、俺はうまくできない言葉も、うまく思いをまとめて伝えられて……そんなさえちゃんと、一緒にいたいから、告白したんだった」

 む、と思う。確かに、プロポーズは旦那からだったが、ここまでの詳細は初耳の気がする。

「いや、伝えるのヘタクソか?」

「面目次第もない……でも、これからはちゃんと言葉にできるようがんばる」

 ぐ、と拳を握り、意思表示する旦那。そのやる気を見たら、応援したくなって、少し高い旦那の肩をとん、と叩く。

「そそ、私相手なら、うまくいかなくても、全然付き合うし。練習してこ」

「うん、さえちゃんを泣かせたくないから、がんばる」

 一緒にいいお父さんお母さんになろうね、なんて。初めて旦那から言ってもらえたのが嬉しくて、私ははにかんだ。

 旦那が温め直してくれたルイボスティーは、独特の香りを漂わせながらも、なんだか心まで温めてくれるような、ホッとする味がした。

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