感想という名の殺人予告
私は、『小泉 上沙』という名前で小説を書いている。といっても趣味のようなもので仕事は別だ。
「上沙ー! 牛乳買っといてって言ってたよな」
冷蔵庫を漁っていた小泉が、私に向かって文句を言う。コイツは一緒に暮らしている『小泉』。彼女がアイデアを出し、私がそれを小説の形にしている。つまり、『小泉 上沙』の作品は二人での共同作品だ。
「お、珍しく感想きてるじゃん。見てよ小泉」
「ほんとだ。何て書いてあんの?」
感想を開くと、想像以上に短い文章が目に入った。いや、短いなんてものじゃない、ほんの一言。
『今日、上沙を殺す』
――殴られたような衝撃が頭を襲う。
当たり前だが、今までの人生で殺人予告などされたことがない。有名作家ならともかく、私達の作品など知らない人のほうが多いだろう。
「上沙、お前殺されるらしいぜ」
小泉は笑っているが、私は笑えなかった。『殺す』というシンプルな殺意。人に向けてはならない言葉が、自分に向けられているという恐怖が普通の思考を放棄させていた。
何か、とてつもない勘違いをしている気がするのに。
「私、警察行ってくる」
小泉の制止を振り切り、家を飛び出す。笑ってすませられるほど、私の心は強くなかった。思考を停止させたまま、私は走り続ける。
十分ほど走っただろうか、スマホの振動を感じ足を止めた。液晶の画面には『小泉』と表示されている。
嫌な予感が体を襲う。震える手で、スマホを耳に当てるが、小泉は何も言わない。そして、静寂が続いたあと電話は切れた。
小泉に何かあったのだ。早く家に帰らなければ、警察など行っている場合じゃない。
酸素を求める脳を無視し、私は家に向かって走り出す。
「小泉!」
いつもならここで、「お帰りぃ」と聞こえるはずなのに、何も聞こえない。さらに、先ほどから悪寒が止まらない。
どこだ、どこだ、小泉はどこだ。急いで二階に駆け上る。いつもなら自分の部屋にいるはずだ。走る勢いのまま扉を開ける。
いた、確かに小泉がいた。いつも通り寝転んでいる。本当にいつも通りだ、腹部から血が流れていることを除いて…。
急いで駆け寄り、肌に触れる。冷たい、氷のような冷たさ。その冷たさは、小泉が完全に死んでいることを告げていた。
何でなんだ、殺されるのは私じゃなかったのか? 何故、小泉が狙われて……。あ。
…気づく、勘違いの正体に。犯人は知るはずがないのだ、『小泉 上沙』が私達二人の名前だと。もともと犯人は小泉を殺すつもりだったのだ。
何らかの方法で、小泉が『小泉 上沙』という名前でネット小説を書いていることを知った犯人は、感想機能を使い殺人予告を書いた。しかし、『上沙』は私の名前だった。
犯人と私達、両方が勘違いをしてしまったのだ。気づけたはずだった、もっと早く気づいていれば、小泉は死ななかったはずなのに。
彼女の死体から流れる血液が、窓から注ぎ込んでいる光を受け、怪しい輝きを放っている。
――あの日からも私は『小泉 上沙』という名前でネット小説を書いている。もう一度、感想という名の殺人予告が届くことを待ち望んで。
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