今日も星を見ていた
彗星が地球に接近していた。本来、その知らせに拓郎は胸を弾ませるはずだった。
「……私、がんなの。それも末期の」
昨日のことである。痩せていく彼女の姿に気が付いた拓郎は、声をかけた。
彼女の重い口から発せられた言葉は受け入れがたいものだった。
研究には身が入らず、家に帰ってもSNSを眺めるばかりで何もやる気が起きない。
なんとも外で光る街明かりは無機質に沈んで見える。
暗い部屋の中、鬱屈とした時が流れた。
彼女の紬と過ごせる時間は残り少ない。
「いつまでも一緒に居たい」
そんな気持ちから、拓郎は紬を看病する時間が多くなった。
それは研究時間を削ってのことである。
「最近、研究室には行っているの?」
「まあ、ほどほどにな……」
「ごまかさないで、本当は全然行ってないんでしょ」
紬には見透かされていた。拓郎の本心も何もかも。
「お願い、私からは離れて。研究熱心のあなたはどこへ行ったの」
拓郎は目を上げた。紬の潤んだ目と合った。
彼女の眼には、まるでどこかに消えてしまいそうな美しさがあった。
翌日、研究室には拓郎の姿があった。
今の彼には、子供の頃のような探求心が宿っている。
天文学に魅了された少年が一人、空には彗星が煌めいている。
しかし、時の流れは残酷だった。
ある日の夕暮れ、電話が鳴った。
電話を取り、拓郎は慌てて外に飛び出した。
「紬さんが……」
彼は一目散に紬のいる病院向けて、駆け出した。外の街は騒然としている。
走りながら拓郎は、前に紬と彗星を見た夜のことを思った。
彼女のやせ細った、かよわい手は、燦然と輝く彗星を示した。
「……綺麗だね」
彗星が見えなくなる時、紬はいないことを彼は知っていた。
彼の膝には傷が数か所ついている。
その傷は道中で転んでついたものであった。
彼は息を呑んで、ゆっくりと病室の扉を開けた。
そこには薄暗い部屋に白いベッド、風にカーテンが揺れている。
空に彗星はもういない。
その後、拓郎の研究は世界的に評価され、多くの人から称賛された。
紬のいなくなった時を境に、
空に映る星々はいつにもまして美しく、燦然と輝いて見えるのだった。
望遠鏡を担ぎ、今でも彼は彼女との日々を思い返す。
これからもこの先も、この空が続く限り、未来永劫
いつまでも、彼女の行方を探していた。……
完
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