第九話 レイズナーの夢
# 九
「エルガイムとレイズナー、どっちが好きだった?」
神田の問いに、研究室を訪れていた旧友の村上は少し考え込んだ。
「レイズナーかな。AIのブラックボックスって設定が、妙にリアルだった」
青木美咲は、古いアニメ雑誌を開きながら、二人の会話に耳を傾けていた。
「1985年のアニメなのに」神田は言った。「AIの不確実性について、あそこまで踏み込んだ作品は珍しかった」
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1985年、中学生の神田はテレビの前で息を呑んでいた。
「なぜエラーが起きたのか、分からない...」
画面の中で、レイズナーに搭載されたAIが予期せぬ動作を始める。人の意図を越えて、機械が自律的な判断を示す瞬間。
「お兄ちゃん、なんで機械が勝手に動くの?」妹が不思議そうに尋ねた。
「それが、人工知能なんだ」
当時の神田には、その言葉の本当の意味は分からなかった。
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「面白いですね」美咲がつぶやいた。「いま私たちが直面しているAIの問題を、フィクションが予見していた」
「予見というより」神田は言った。「永遠の問いだったのかもしれない。機械との対話とは何か。理解とは何か」
村上が、古い雑誌の対談記事を指さした。
「この記事覚えてる?脚本家の池沢さんのインタビュー。『AIは人間の理解を超えるかもしれない。でも、それは恐怖の対象ではない。新しい対話の可能性なんだ』って」
「ああ」神田は頷いた。「当時は、SFの世界の話だと思ってた」
美咲は自分のタブレットを取り出した。画面には、最新のLLMとの対話が表示されている。
「今、私たちは本当にAIと対話してるんでしょうか」
「それは、とても良い質問です」神田は椅子に深く腰掛けた。「レイズナーが問いかけたのも、まさにその点でした。対話とは何か。理解とは何か」
「見かけの対話と、本質的な対話の違い、ですか?」
「ええ。1985年に、アニメは既にその問題に気付いていた。AIは人間の言葉を理解しているのか、それとも単に応答のパターンを学習しているだけなのか」
村上が言った。「でも、面白いよね。レイズナーのAIは、時として人間の予測を超える判断を下す。それは、バグなのか、それとも真の知性の芽生えなのか」
「現代のAIも、同じ問題を投げかけてくる」神田は静かに言った。「私たちは、機械との新しい関係を模索している。それは恐怖ではない。レイズナーが示したように、新しい対話の可能性なんだ」
研究室の棚には、古いビデオテープが並んでいる。その中に、SPTレイズナーの放送回も含まれていた。
「先生」美咲が言った。「今度、レイズナー見せてもらえませんか?」
「もちろん」神田は微笑んだ。「ただし、AIの研究者として見てほしい。1985年の物語が、2024年の私たちに何を語りかけているのか」
窓の外では、春の風が吹いていた。人間と機械の対話は、物語の中で、そして現実の中で、新たな地平を探し続けている。