第七話 シミュレーションの黄昏
# 七
「ターン、パス」中村の声が、アパートの六畳間に響く。PC-9801の画面には、三国志の戦場が広がっていた。
「じゃあ、その間にコズミックやるか」山口がボードゲームを取り出す。神田は、スペースを空けるために三国志の攻略本を脇に寄せた。
1990年の冬。三人の大学生は、毎週末をこうして過ごしていた。
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「不思議な組み合わせでしたね」青木美咲は、古いPC-9801版の三国志とコズミックエンカウンターのボックスを見比べながら言った。
「でもね」神田は懐かしそうに微笑んだ。「この組み合わせには、ある種の必然性があったんです」
中村は今、大手ゲーム会社でプロデューサーをしている。山口は、海外ボードゲームの翻訳家として活躍していた。
「シミュレーションの本質は、時間の制御にある」神田は説明を始めた。「三国志は、歴史という時間を、プレイヤーの手に委ねる」
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「諸葛亮の北伐か」中村がつぶやく。「歴史は変えられるのかな」
「シミュレーションの面白さは、そこだよな」山口が言った。「可能性の探索」
コズミックエンカウンターのカードが、テーブルの上で配られていく。
「このゲーム」山口が説明する。「プレイヤーごとに特殊能力が違うんだ。だから毎回、まったく新しい宇宙が生まれる」
「三国志も同じか」神田は画面を見ながら言った。「武将の能力を組み合わせて、新しい歴史を作る」
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「シミュレーションとは何か」神田は研究室で語った。「それは、可能性の探求なんです」
美咲は、古いゲームの画面を見つめていた。「でも、なぜコズミックエンカウンターを...」
「待ち時間が長かったから」神田は笑った。「でも、それ以上に。デジタルとアナログ、二つの異なるアプローチで、同じ『可能性の探求』を追求できたから」
研究室の棚には、今も三国志の攻略本とコズミックエンカウンターが並んでいる。
「シミュレーションは、夢を見る装置だった」神田はゆっくりと言った。「歴史の、あるいは宇宙の可能性を、友人たちと探る装置」
外は、春の夕暮れ。三十年以上の時を超えて、可能性の探求は、まだ続いているようだった。