呪い
今日は最初っから調子がいい。後はどこで止めるかだな。うん、ひと箱飲まれたらスパッと止める。
パチンコは結局は止め時だと思う。最初っから最後まで全然ダメって時もタマにはあるが、大抵は「浮く」瞬間がある。なかなか当たりが来ない時に粘って1万円突っ込んだぐらいに当たりが来て、1万円を僅かに超える出玉があったとする。そのタイミングで止めれるかどうかの見極めだ。大抵はスケベ根性が出てしまって全部を飲まれる。
店側だって商売だ。来店者の2割~3割しか勝たせてくれない。2万円突っ込んだら勝は諦めるべきで、損切をどこにするかなのだろうが、結局は熱くなって、2万が3万、3万が4万と、財布が空になるまで止められない。だが今日は千円で当たりがきて、出玉をざっと見ると10万円にはなりそうだ。数カ月に一度あるか無いかの当たり日だった。だが2日前にも俺は18万円勝っていた。パチンコ暦は10年以上にもなるが、今までこんなことはない。
ーーーまさか、嫁が妊娠でもしたか?
結婚して2年になるが子供はまだいない。避妊している訳ではないのだが、こればっかりは運みたいなものだろうな。「いや、ヤりかただ。曲げればできやすいぞ」という人もいるが試したことはない。
昔から、妊娠している妻がいる男の勝負運はやたらめったら上がるという話は聞いた事がある。俺は麻雀も好む博打好きなせいで、そういう迷信めいた話を本気にするところがあって、女の陰毛は絶えず財布に入っていた。
どうやら連チャンが終わったらしい。ここで熱くなったらダメだ。さっき決めたように、ひと箱飲まれたら絶対に止める。
熱くなった頭を冷やす為にトイレに向かった。
ーーーあれ? なんだこれ?
男子トイレに入るドワが開けっ放しで、よく見るとドワが固定されて閉まらないようになっていた。
会社の同僚3人と雀荘に言った時に、俺はパチンコで勝ち続けてる話をした。というのも、次の日も勝ったのだ、15万。
「へ~~…………まさか奥さん……妊娠? だったらヤバイな~~、一人勝ちされそう………」
博打好きなら誰でもそう思う。だが嫁には当たり前に生理が来て、そんな兆候は一切みられない。
「あのパチンコ屋、へんな噂が広まらないように出してるって聞いたけど、マジなんだ」
「へんな噂? どんな噂よ?」
「トイレで首吊ったヤツいたみたいで、気味悪がって客足遠のくだろうから、赤字覚悟で出してるってウワサ」
そう言えば、勝ってるっぽい人いっぱいいたな。
「サラ金から借りてまでパチンコやりたいってヤツいるからな」
「ああ、1人は負けが込んだヤツみたいだけど、もう1人は違うってウワサだ」
「はぁあああ? 二人も首吊ったの?」
「ああ、客が首吊った次の日らしいわ。従業員が首吊ったの」
それから三か月後にそのパチンコ屋は廃業した。俺はそのパチンコ屋が廃業するまで通いつめ、2~3カ月で200万以上も勝たせてもらった。そしてパチンコから綺麗さっぱり足を洗った。反動が来るのが分かっていたからだ。運なんてものは絶対にバランスっていうものがある。
それから5年後。
「あれ?! ラーメン屋になったんだ」
あのパチンコ屋の建物は数年前に解体されたが、その跡地は更地のまんまで放置されていたのだが、いつのまにやら店舗が建っていて、ラーメン屋の暖簾が風に揺れているのを、車を運転中に見かけた。
「お腹空いたし、入ってみようよ」
後部座席にいる嫁が言った。助手席には今年5歳になる長男が座っていて、ラーメンと聞いてはしゃいでいる。
パチンコ屋の跡地は相当に広い。そんな土地の上にラーメン屋。それこそ観光バスが何台でも停められるほどの広大な駐車場。
時間が11時ちょっと過ぎということもあって、そのラーメン屋は空いていた。細麺の縮れ麺、そして意外なくらいあっさり系のスープに、嫁と長男は、美味しい、美味しいと喜んでいた。
数か月後のことだ。
「今日のお昼、ラーメン食べに行こうよ。あれ……まえに行った……パチンコ屋の後に出来たラーメン屋さん」
嫁はあそこのラーメンが好みに合ったらしい。
「え? お休み? 日曜日なのに……」
そのラーメン屋には暖簾が掛かってなく、広い駐車場には1台の車もない。
車で歩道を乗り越え、駐車場を横切って店の前まで行くと張り紙があった。
ーーー売り土地ーーー
廃業したのか移転したのか、とにかくその土地は売りに出されていた。
数年後。長男は小学4年生になり、次男は5歳だ。
「ねぇ、覚えてる? 潰れたラーメン屋さんのこと。あそこに回転寿司できたんだよ。チェーン店じゃなくって地元の人がやってる回転寿司なんだって。美味しいらしいよ」
嫁がそう言ったのを聞いていた長男と次男が騒いでる。お寿司、お寿司、お寿司……と。
日曜日のお昼時は混むだろうから、早めに入ったがそこそこ混んでいて驚いた。まだ11時半ちょっと前だ。どうやら人気があるらしい。
北海道の回転寿司は、本州から遊びに来た人にとっては凄く美味しいらしいが、住んでいる道民にとっては当たり前の味で、たまにマズイと感じる店もある。
だがそこの回転寿司は普通に美味かった。唯一言わせてもらえば、もう少しワサビを利かせてパンチのある寿司にして欲しい。やっぱり寿司は、「ん……」と唸って涙ぐんだりしながら茶を啜りたいから、多少値が張っても回らない寿司がいいのだが、財布の紐を握ってる嫁がウンとは言わないし、そもそも二人の息子は回転寿司で大満足で、以前、俺の驕りで回らない寿司に行ったのだが、味の違いなど分かるはずもなかった。行くのなら実家に子供を預けて嫁と二人で行こう。
俺は38歳で家を建てた。嫁が新しい、ちょっと広い家で子供を育てたいと言い、俺も賛成だった。長男が5年生、次男が6歳になっていた。
建てた場所は、あの回転寿司から1キロぐらい離れた住宅地で、引っ越しが終わり荷物の整理もひと段落ついた頃に、
「あの回転寿司に行こうよ」
歩いていける距離ではあるが、田舎の人間は歩かない。ほんのちょっとの距離でも車を使う。この街は地方都市でそこそこの人口があるが、やはり田舎には違いはなく、俺もあまり歩かない。
「あれ………?」
回転寿司が見当たらない。
「行き過ぎた? …………え……ウソ………ここだよ………幼稚園になってる」
「前に食べに行ったのって……去年じゃなかったか?」
「うん、去年。それもオープンして間もない頃」
「潰れたんだ………」
それから間もなく俺たち4人家族は犬を飼った。近所で生まれた雑種。黒いから「クロべい」と名付けた。俺は子供の頃に猫を飼っていたことはあったが犬は初めてなのだが、物凄く可愛くて、毎日、喜んで散歩に連れて行った。雨の日も大雪の時でも。
クロベイが5歳になった。次男はまだ小学生だが長男は高校生で、親となど殆ど喋らない。
秋晴れの日曜日、夕方の散歩時にちょっと違ったコースを歩いてみることにした。クロベイは雄のせいなのか5歳になってもヤンチャで好奇心が強く、散歩に連れて行くと、尻尾を振りながら、まるでスキップでもするように軽やかに歩く。
「ん? どうした?」
いつもならリードを引っ張るように歩くクロベイが俺の後ろで蹲って歩かない。そして歯を剥き出して唸っている。尻尾を股に挟んで。
「………なに? なんか怖いのか? 大丈夫だから歩こう。怖くないから」
蹲って唸るクロベイの背中を撫ぜると震えていた。クロベイは体重が10キロぐらいで中型犬の部類に入る大きさだから、さほど重くはないが軽くもない。そんなクロベイを抱っこして歩こうとすると気が付いた。クロベイがナニを見て唸っているのかが。
「うん? 老人施設?」
家に戻り、クロベイが老人施設を見ながら唸り、歩かなくなったことを嫁に言った。
「えええ?? 具合でも悪いんじゃ……」
だがクロベイは、俺に抱かれて老人施設の前を通り過ぎると、下ろせ! 自分で歩く! というようにジタバタしはじめるから下ろすと、なに事もなかったようにーーーいつも通りにリードを引っ張って歩き始め、今は家の中でオモチャと格闘をしている。
「ところでさ、あそこに老人施設なんかあったか?」
「最近出来たみたいだよ。前は幼稚園。覚えてない? 私たちがここに家を建てた時のこと。回転寿司食べに行ったら潰れてて、幼稚園になってたの」
「あ~あ~、あの幼稚園か。少子高齢化で商売替えか」
「う~うん、違うみたい。幼稚園経営した人が死んじゃって廃業。っであの土地を買った人が老人施設に建て替えたの」
廃業? 俺は記憶を手繰った。幼稚園の前が回転寿司、その前がラーメン屋、更にその前がパチンコ屋。随分と廃業が続く場所のように感じるが、それって普通なの?
「おじゃましてます」
そう声を掛けてきたのは嫁の母親で、俺にとっては義母なのだが、とても気さくな人で俺とはうまくやている。
「あそこは呪われてるってウワサだけど……クロベイも歯剥き出して唸って歩かなくなったのかい? ならなんか見えたのかね~………嫌だね~」
「ちょっと母さん、へんなこと言うの止めて!」
「だってさ~~みんな死んでんだよ。あそこで商売した人」
嫁はそういう話が苦手だ。だからその時はそれ以上は聞けなかった。
俺は生まれも育ちも今住んでる地方都市ではない。勤め先がこの地方都市にある企業だったこともあって結婚を契機にこの街に移り住んだのだ。嫁はこの街で生まれ育った女ではあるが、義母が言っていたウワサなど聞いたこともないと言う。
何日が後、家族で嫁の実家に泊まりに行き、子供を寝かしつけた嫁が風呂に入っている時に俺は義母に聞いてみた。あの老人施設のことを。
「ーーー幼稚園の経営だって上手くいってたはずなんだけどね~~園児だってけっこういたし。最初は先生の一人が自殺しちゃって………若くて可愛い先生だったらしいんだけどね。っでその後を追うみたいに園長先生まで自殺したもんで、デキてたんじゃないかってウワサもあったんだけど、園長先生って80過ぎだからね~~いくらなんでもね~………で、園長先生には娘がいたんだけどね、絶対に継がない、こんな気味の悪い土地で幼稚園なんか出来ないって言って……結局は廃業。回転寿司は1年もやってたかな~~……店主が自殺で廃業。その前のラーメン屋は旦那さんと奥さんの二人でやってたんだけど奥さんが自殺。ラーメン屋も2~3年しかやってなかったと思う。パチンコ屋はけっこう長いことやってんじゃないのかね~……それでも5~6年かな~~………あのパチンコ屋は何度も救急車来てたから、何人首吊ったんだか………最後は社長が狂っちゃって一家心中やらかしたんだけど子供が生き残って………」
確かに、どんな商売をやっても上手く行かない場所がある。でもそれって、何故だか客が入らない、というもので、これだけ自殺者が後を絶たない場所など聞いた事がない。
「ーーーー元々は……私もウワサを聞いただけだから、ハッキリした事は分からないけど……個人商店だったのは間違いないんだよね。あれ………幸町にある〇〇商店って知らないかい? 個人商店のわりに大きな店舗で、特に魚なんかがウリで、今でも生きの良いの刺身用に卸してくれるから固定客多いんだよ。あの商店って元はこっちにあって移転したんだよね。理由は…………社長の息子が結婚した相手が悪かった。なんだがおかしな宗教って言ったらいいのか……要は拝み屋。その拝み屋の娘を嫁に貰ったの。親や親戚は大反対したんだけど、もう妊娠してるとかで………でも上手くいくはず無いさね。姑だけじゃなくって、小姑やら親戚総がかりでイジメまくったってウワサ。それが影響ちゃったのか流産しちゃって……頭もおかしくなっちゃって自殺。っで拝み屋やってる母親が呪いを掛けたとかなんとかで、社長の息子が死んで………妹が商店を継ぐことことになったんだけど、別の拝み屋を頼んで、呪い返しだかをやってから移転したってウワサ」
「社長の息子ってなんで死んだの?」
「交通事故」
「移転してからは何ともないのかな?」
「妹も婿さん貰って、その婿さんが今の社長で、子供も何人か産まれてるし、商店の方も順調みたいだね」
義母の話はどこまでが事実で、どこからが根も歯も無いウワサなのか分からないが、クロベイがナニかに怯えていたのは間違いない。いったい何が見えた? ちょっと喋ってみてくれないかな。お前、本当は喋れるんだろ?
だがなにも喋らないクロベイは首を傾げ、じっと俺を見ている。
それから何度か老人施設前をクロベイを連れて散歩に行ってみたが、その都度、俺が抱っこして歩くことになり、もう二度と行かないと決めたし、正直、俺もちょっとばかり怖くなった。あそこには近寄りたくないな。