95 リヒトの公務 03 (第一補佐官視点)
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「世が世なら王位を継いでいたのは俺だったんだ!」
そんな誰が聞いても驚くほどのバカなことを言い出したのは、アルール伯爵家の誕生日パーティーの主役のヘルゲ・アルールでした。
どうやら父親に似て自己顕示欲の強い子息だったようです。
リヒト様の登場で、主役の座を一瞬で奪われたのが悔しかったのでしょうが、空気が読めず、我慢もできないところまで愚かな父親によく似ています。
ヴィント侯爵の親戚筋だったためにリヒト様が気を遣ってパーティーに参加したのですが、直前まで、ヴィント侯爵は参加しない方がいいと訴えていました。
ヴィント侯爵はこれまで何度も従兄弟であるアルール伯爵に迷惑をかけらていたため、この親子がどれほど愚かなのかよくわかっていたのでしょう。
リヒト様を取り囲んでいた子供たちの多くはきょとんっとし、10代の子供たちは顔を青ざめさせ、大人たちはこれから起こることを考えて恐怖に固まっています。
そして、全員、一旦、カルロを見ました。
リヒト様に喧嘩を売って、怖いのはリヒト様ではなく、カルロだという正しい認識が広まっているようです。
「あなたは何を言っているのですか?」
案の定、カルロの足元の影が怒りでゆらめきます。
あの中に引き摺り込まれたら生きては帰れない……そんな気持ちにさせられます。
いえ、あそこから物を取り出していることがありますから、あの中でも一応は物の形は保たれるのでしょう。
それならば、生きていることは可能……いえ、物の形が保たれるからと言って、あの中に空気がある証明にはなりません。
生物を出し入れしているところは見たことがありませんので、もしかすると空気はないのかもしれません。
色々と疑問はありますが、きっとカルロはあの中に何か生物を入れる気などないだろうと思っておくことにします。心の安全のために。
「カルロ、大丈夫だよ」
リヒト様がカルロを落ち着かせるようにその頭を撫でて穏やかに微笑みました。
そして、その笑顔のままにグレデン卿に指示を出しました。
「グレデン卿、アルール伯爵を捕らえてください」
慌てて逃げようとしたアルール伯爵をグレデン卿は難なく捕らえました。
「リヒト王子! このような横暴、許されませんよ!」
騒ぐアルール伯爵だが、カルロが何かする前に静かになりました。
ヴィント侯爵が風魔法で小さな竜巻のような物を起こしてアルール伯爵の口元を覆ったためです。
小さな竜巻を作るなど、非常に高度な魔力操作です。
それにしても、ヴィント侯爵もカルロも親子揃って容赦がありません。
しばらくすると呼吸ができなくなったアルール伯爵は意識を失いました。
「魔女め! 何をするのだ!」
ヴィント侯爵に抗議したヘルゲに、ヴィント侯爵は非常に冷たい視線を向け、ヘルゲは一歩後ろに下がりました。
そんなヘルゲにリヒト様は優しく微笑みました。
「あなたのおかげで謀反を前もって防ぐことができました。ありがとうございます」
「俺の……どういうことだ?」
「世が世なら王位を継ぐのはあなただとアルール伯爵は言っていたのでしょう? けれど、あなたは王族の血筋ではありません。血筋だけを考えればあなたが王位を継ぐ立場になることはあり得ないのですが、一つだけ方法があります」
「それは」とリヒト様は穏やかな微笑みと声音をそのままに言葉を続けました。
「謀反を起こし、王族を殺すことです。あなたはあなたの父親がそのようなことを企てていると教えてくださったのでしょう?」
リヒト様にそこまで説明されて、やっとヘルゲは状況を理解できたようで顔を青ざめさせました。
「違う! 父上はそのようなことは……」
「計画もせず、考えもせず、大事な息子にそのようなことを吹き込むわけがありません」
「そう思いませんか?」と微笑むリヒト様のお姿を大人の貴族たちは青ざめて見つめます。
しかし、青ざめた大人たちとは違い、子供たちは悪党を素早く退治したリヒト様に尊敬と憧れの眼差しを向けています。
「お前のせいで!」
リヒト様に拳を振るって向かっていくヘルゲの姿に、グレデン卿は気を失っているアルール伯爵を床に投げ出して、リヒト様の元にすぐに向かおうとしましたが、グレデン卿よりも早く、カルロの影が動きました。
次の瞬間、カルロの影から伸びた触手のようなものがヘルゲをぐるぐる巻きに捕らえました。
さらに、リヒト様の前にはヘンリックがリヒト様を守るように立ちました。
その手にはリヒト様が贈られた剣が握られています。
そういえば、リヒト様がヘルゲに誕生日プレゼントとして贈ったのはエトワール王国の建国記でした。
初代エトワール王がどのようにエトワールを建国したのかについて記された書籍を贈っていたのですが、もしや、このような展開になることを予想していたのでしょうか?
「ヘルゲ、君には守るべき人たちがいたはずですが、それでも父親の名誉のために私と対立したいですか? 謀反を企てていた父親を守り、無実の母親と妹を切り捨てるということであれば、私も仕方なく決断しなければなりません。一族の連座を」
こうして一つ一つリヒト様に説明してもらわなければ、ヘルゲは状況を理解できないのでしょう。
貴族の子息としては異常なほどに視野が狭く、短慮なのは浅はかな父親の妄想ばかり聞かされていた弊害でしょうか?
「母様と妹まで……リヒト王子は悪魔ですか!」
「謀反を企てていたのが当主のみで、次期当主が真っ当ならば現当主のみを処罰すればいいと思っていたのですが……」
さて、どうしたものかと迷うようにリヒト様はヘルゲを見ました。
これはヘルゲにチャンスを与えているのでしょうが、政務に関わって様々な貴族を見てきた私の目には、ヘルゲが今後リヒト様に忠誠を誓うようには思えません。
むしろ、成長して家を継ぎ、権力を握れば父親と同じ過ちを犯しかねません。
私がそのように心配していると、意外なところからリヒト様に進言がありました。
「リヒト様、後の危険な芽は早めに排除しておくべきかと思います」
そのようにリヒト様に進言したのはヘンリックでした。
しっかりと剣を構えて、リヒト様の騎士のように仁王立ちになっているヘンリックはそのままの体勢でリヒト様に意見を述べました。
王が望むような友達にはなれずとも、カルロのように従者にして側におくのもいいですし、将来、リヒト様の護衛騎士とするのもいいかもしれません。
カルロは、リヒト様のやることにケチをつけるのか? とでも言いたげにヘンリックの背中を睨みつけています。
しかし、カルロのように従順な者だけでは、主が道を違えそうになった時に意見を述べてくれる者がいなければ、結局は主が困ることになるのです。
そして、今、まさに情けをかけるべきではない人間に、子供だからという理由だけでリヒト様は情けをかけようとしています。
「心配してくれてありがとう。ヘンリック。でも、私は、子供たちにはチャンスを与えたいのです」
それは慈愛に満ちた聖人のような眼差しです。
リヒト様は年齢を詐称していないでしょうか?
いえ、リヒト様がお生まれになった頃から、私たちが数え間違えをしていたのかもしれません。
「差し出がましいことを言って、申し訳ございませんでした」
「いいえ。意見を聞かせてくれるのは嬉しいですよ」
その後、会場にはいなかった伯爵夫人とヘルゲの妹も交えての話し合いが行われ、夫人がヘルゲにきちんと言い聞かせるということ、そして伯爵位から降格して男爵とすることで連座とはしないこととなりました。
しかし、気の弱そうな夫人が、これまで伯爵に戯言を言い聞かせられていた息子をどれほど教育することができるのかは怪しいところです。
将来、再びリヒト様に歯向かうことがあれば、その時にはカルロかヘンリックが早々に対処してくれることを願います。
もちろん、私がまだ現役でしたら、早々に処分いたします。
「リヒト様はこのような結果になることを見据えて、あの愚かな男の息子の誕生日パーティーに参加されたのですか?」
城に帰る馬車の中でヴィント侯爵がそのようにリヒト様に尋ねました。
私も気になっていた点なのですが、ヴィント侯爵の手前聞くことができませんでした。
「私が出席したことによって乳母の不利益になったのでしたら謝罪します」
リヒト様が頭を下げようとするのをヴィント侯爵が慌てて止めます。
カルロはリヒト様の動きを止めるフリをして、ちゃっかりと抱きついています。
「謝罪などおやめください! リヒト様がわたくしの不利益になるようなことをするはずがありません! むしろ、あの男から迷惑を被っていることをわかっていて、わたくしを助けてくださったのでしょう?」
「乳母は私のことを買い被りすぎです」
リヒト様はそう否定されていましたが、おそらくヴィント侯爵の言う通りなのでしょう。
「それで、リヒトの友達になれそうな子供はいたのかい?」
ゲドルト様の期待の眼差しに私は苦笑して、アルール伯爵家での出来事を報告しました。
「ということで、あまり子供たちと交流することができませんでした」
「しかし、ヘンリックはいい友達候補になるのではないか?」
「本人もリヒト様に同行したそうにしていたので話し合いの場にヘンリックも同席させてみたのですが」
ゲドルト様は期待にその目を少しばかり輝かせました。
「話し合いが全て終わった後にリヒト様がヘンリックに改めてお礼を言い、とても褒めたのですが、その結果」
「友情が生まれたのか?」
「ヘンリックは褒美にカルロのように撫でてほしいと言っていました」
ゲドルト様の目から輝きが消えた。
「……ぅん? なぜそうなった?」
「それは、その場にいれば理解していただけたかと思うのですが、リヒト様の雰囲気が……」
なんと説明しようかと迷っていると、クリストフが「あ〜! わかる!」と言いました。
「絶対的君主でありながら慈愛に満ちた神様みたいな雰囲気纏ってることあるよな」
「それです!」と私は頷きました。
「思わず膝を屈し、頭を垂れてしまう絶対的存在に褒められた至上の喜び……」
「お前たち、私の息子をそんな風に思っていたのか……」
しまった。王に引かれたかと心配しましたが、それは杞憂でした。
「やはり、時折見せるあのリヒトの慈愛に満ちた眼差しは私の勘違いではないようだな……」
子供の頃からゲドルト様はのんびりとした性格で鈍いところがありました。
そのため、リヒト様の慈愛に満ちた眼差しにも気づいておられないと思っていましたが、そうではなかったようです。
「不思議と、リヒトは赤ん坊の頃から私に見守るような視線を送っている気がする時があったのだが、流石に気のせいだろうと思っていたのだが、リヒトが年齢を重ねていってもその眼差しは時折見られたし、それに、あの性格だろう? もしや、本当に私を見守っているのかと……」
「いや、ゲドルト様をというか、私たちを見守っているのだと思う」
「そうですね。頑張ってるな〜みたいな微笑みしていることが今でもありますね」
「それ見て、頑張ろう〜って思うしな」
「すごく思いますね」
「お前たちもそう思っていたのか?」
その後、私たちは自分がいかにリヒト様に優しい眼差しで見守れていたのかを語り合い、それはいつの間にか全員が同じ自慢をするという不毛な自慢大会になっていました。
続きはアルファポリスにて先行公開となります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/135536470/135910722
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