94 リヒトの公務 02 (第一補佐官視点)
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「では、謝罪は公爵がするべきではないでしょうか?」
作り笑顔で微笑んでそう言うリヒト様の前にユスティーツ公爵は進み出て、頭を下げようとしましたが、それをリヒト様は手で制しました。
「公爵のお考えは分かりましたが、私はやはり問題を起こした本人が謝罪すべきだと思います」
問題を起こした当事者であるフーゴは立場の弱いメイドの後ろに隠れています。
メイドでは自身を無理やり引き離してリヒト様の前に連れて行くことなどできないと知っているのでしょう。
強い者に守ってもらい、弱い者を盾にすることを知っている子供のようです。
「フーゴ、こちらに来なさい」
ユスティーツ公爵が落ち着いた声音でフーゴを呼びましたが、フーゴはメイドの後ろにしっかりと隠れて出ていきません。
注目を浴びているメイドの顔は青くなっています。
「メイドさん」と、リヒト様が声をかけ、そっと手を伸ばしました。
「こちらにいらしていただけますか?」
「はい……」
メイドがリヒト様の後ろに移動すると、フーゴは他のメイドへと走って移動しようとしました。
「カルロ」
リヒト様がカルロの名を呼んだ瞬間、カルロの影がまるで触手のように伸びて、フーゴをぐるぐる巻きにして捕らえました。
フーゴが大きな声で泣き出しました。
実際に恐怖もあったのでしょうが、そのように泣きさえすれば問題が解決するとでも思っているようです。
しかし、次の瞬間、影がフーゴの口を覆い、フーゴは声を出すことができなくなりました。
「リヒト様の御前で見苦しい上に騒々しいです。それ以上騒ぐのであれば鼻も塞ぎます」
リヒト様の視線があるから一応笑顔ですが、表情と言葉が一致していないために恐ろしさが募るだけです。
「確かに、息をしなければ逃げることもないし、静かになるね。カルロは賢いな」
リヒト様はカルロのことを受け入れすぎだと思います。
リヒト様が褒めるようにカルロのことを撫でるものだから、カルロが暴走するのですが……
「リヒト様! フーゴを放してやってください!」
いつも落ち着いているユスティーツ公爵の顔が少し青ざめています。
まだ鼻まで抑えられているわけではありませんが、フーゴは恐怖心から真っ青に青ざめて失神してしまったようですから、ユスティーツ公爵の慌てようも仕方のないことです。
「自分がやったことを理解して、ちゃんと謝れるいい子ならばカルロだってこのようなことしませんよ」
「私がきちんと言い聞かせますので、どうかフーゴを……」
リヒト様はユスティーツ公爵の真意を見透かすようにじっと見つめ、「では」と微笑みました。
「まずは、ヘンリックを褒めてください」
ユスティーツ公爵は心底驚いたとでも言うようにその目を見開く。
弟の代わりに謝罪しようとした兄を褒めろと言われてなぜそんなに驚くのか不思議です。
しかし、リヒト様がそのような要求をした理由はわかりました。
このパーティーが終わった後、ヘンリックがユスティーツ公爵に厳しく当たられることを危惧してのことでしょう。
リヒト様がヘンリックのことを気にかけていることをしっかりと示しておけば、親のユスティーツ公爵とはいえど、過剰に厳しく接するなどのように無体は働けないでしょう。
「長男は弟の尻拭いをするための存在ではありません。そして、親の見栄を満たすための存在でもありません。それなのに、ヘンリックはあなたの教えを守ってきたのでしょう? 出来の悪い弟を守る前に、出来のいい息子を褒めるべきではないですか?」
リヒト様は子供を蔑ろにする大人に非常に厳しく、まるで大人のような言葉で叱責します。
その厳しさは正しいのですが、リヒト様がまだ7歳という子供のため、違和感があります。
小さな体でありながら、まるで私よりも長い年月を生きてきた大人のような顔を見せるのです。
ユスティーツ公爵は息子のヘンリックに向き直り、言葉を探すようにゆっくりと口を開きました。
「ヘンリック、長男だからと今までお前にばかり厳しくしてすまなかった。フーゴのことを守ってくれようとして、ありがとう」
ユスティーツ公爵がヘンリックの頭をそっと撫でると、ヘンリックが驚きにその目を見開きます。
子供にそのように驚かれるなど、本当にユスティーツ公爵はこれまでヘンリックのことを褒めてこなかったのでしょう。
弟のことを守るようにと義務ばかり押し付けていたのだとしたらヘンリックがあまりにも可哀想です。
カルロがフーゴを解放すると、ユスティーツ公爵はフーゴを起こし、青ざめたままのフーゴに謝らせました。
リヒト様もヘンリックもすぐにフーゴの謝罪を受け入れました。
「きちんと謝罪ができてえらいですね」
リヒト様がそう微笑むと、フーゴの青い顔にはすぐに血の気が戻り、謝れた自分はえらいのだと少し得意げな表情を見せました。
しかし、それも一瞬のことで、カルロの冷たい視線に気づいてすぐにその表情を青くし、メイドの後ろに隠れました。
「フーゴ、自分よりも立場の弱い者を盾にするなど、ヒト族として最低の行いだと思いますが、フーゴは何になるつもりなのですか?」
にこり微笑んだリヒト様の言葉に、フーゴはすぐにメイドの後ろから出てきて、父親の隣に立ちました。
「そうですね。そこがいいでしょう」
リヒト様の許可を得て、フーゴはほっと息をついたようです。
その後、リヒト様がお帰りになるまでフーゴはユスティーツ公爵の隣で大人しくしていました。
リヒト様よりも2歳年上のヘンリックを庇われたことは不思議ではないのですが、正直、リヒト様がフーゴのような幼い子供を叱ったのは意外でした。
おそらく、リヒト様にとっては兄のヘンリックも弟のフーゴもさして変わらない年齢に見えているのでしょう。
だから、ユスティーツ公爵のように年齢差で区別することなく、褒めるべきところは褒め、叱るべきところは叱ったというだけに過ぎないのでしょうが……やはり、リヒト様は本当に7歳なのかどうかが疑わしくなってしまいます。
「それで、そのヘンリックとはリヒト様は友達になれたのか?」
城に戻った私にクリストフがそう聞いてきました。
「いいえ」と私は首を横に振ります。
私の返答を予想していたらしいクリストフは「だよな」と納得しました。
この後、王に本日のリヒト様のご様子を報告しなければいけませんが、ひとまずはこの国の宰相であり、幼馴染であるクリストフの執務室で休憩です。
「普通の子供なら、リヒト様が神々しすぎて近寄れないか、救世主として神格化するよな」
どのみち神である。
クリストフはお茶の準備をしてきたメイドを下がらせて、手ずからお茶を淹れてくれます。
「子供たちはみんな、リヒト様を王子様を見るような目で見ていましたよ」
「王子だが?」
「いえ、そういうのではなく、なんというか……物語に登場する理想的な王子様を見る目でした」
私の言葉に「あー」とクリストフは納得した声を出しました。
お茶の温かさといい香りが気疲れした心身に染み渡ります。
「わかるかも。私も時々、リヒト様が理想的な聖人君主に見えることがある」
「クリストフもですか。奇妙なことだけど、私もリヒト様が私よりもずっと年上の理想的な大人に見えることがあります」
クリストフは私の隣に座ると私の手をマッサージしてくれます。
「時折、リヒト様がゲドルト様を見る眼差しが頑張っている子を見守るような眼差しに見えることもあると思わないか?」
「わかります!」と、私は激しく同意しました。
「ゲドルト様としてはリヒト様に友達を作って欲しいと思っているみたいだけど、同じ年くらいの子供のことは温かく見守っているご様子だし、無理だろう」
子供たちもリヒト様に対して非常に従順で、隣に立とうという気持ちなど起きないようでした。
カルロのことは非常に羨ましそうに見ている子供は数名いたので、お側に侍りたい者はいるのでしょうが。
「それに」と私は苦笑して言いました。
「オーロ皇帝と魔塔主とはまるで友達のようにお話しされているところを何度か見たことがあります」
「私も見た。一瞬、自分の目も耳も疑ったよ」
「一応、我々の前では取り繕ってオーロ皇帝を立てていますが、気が置けない友人のように話していることもあるのですから不思議です」
しかも、魔塔主にはさらに遠慮がないのです。
「正直、最強の友達がいるのだから、それ以上の友達は必要ないような気がするな」
「同感です」
両手のマッサージが終わり、私がお茶を飲み干すのを確認して、クリストフは私の手を握って立ち上がった。
「我らが王様にはなんて言う? リヒト様に同年代の友達とか無理だって正直に言うか?」
「いや、ゲドルト様は鈍いですからね。きっとオーロ皇帝や魔塔主との方がリヒト様は気軽に話ができていることとかも気づいていないでしょうし、わざわざ友達ができる可能性についてまで話さなくてもいいのではないですか?」
「まぁ、そうだな。いつかリヒト様が子供らしく庭園を同年代の友達と一緒に走り回る姿を見ることができると夢を持たせておいた方がいいかもしれないな」
宰相の執務室を出る瞬間、クリストフは私の掌を指で一度なぞってから放しました。
続きはアルファポリスにて先行公開となります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/135536470/135910722
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