88 オルニス国 03
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カルロの頭にわんこ耳の幻覚が見えるような気がする。
父性だったはずの気持ちが飼い主のような気持ちになって、さすがにそれは推しに対して失礼すぎると、私はカルロの頭をなでなですることによって気持ちを落ち着けようとした。
私がカルロのことを可愛がっている間に宴会の準備ができたと首長代理の老齢のエルフが呼びに来た。
宴会など不要だったが、彼らがもてなしたいのは私ではなく彼らの長である魔塔主であろうから強く拒否することもできない。
案の定、広間へと入ると大勢集まったエルフたちが「ローゼンクロイツ様、おかえりなさいませ!」と歓声をあげた。
「こんなに慕われているのにどうして300年も帰ってあげなかったんですか?」
「帰るたびにこんなに面倒なことになるからですよ」
流れるように返ってきたその回答にはなるほどと思ってしまった。
毎回このような大歓迎を受けていては疲れてしまう。
「しかし、オルニスの城で働く者たちは優秀なんですね。首長が不在でも問題なく政務を執り行うことができていたのですから」
「この国は周囲を山と森に囲まれているので他の国の干渉はほとんど受けません。それに、食糧は森で採取が可能で、衣服などの必要なものは大体が自分たちで作れてしまうので外貨を稼ぐ必要性もそれほどないんです。どうしても外貨が必要な時には標高の高い山に生える貴重な薬草を魔塔に売ればいいだけですし。そのため、政務とは言ってもそれほどやることはありません」
それでも、これだけ穏やかで平和な環境を維持するには多くの人々の協力が必要なはずだ。
広間に集まった者たちの中には、まだ幼い子供や赤子の姿まである。
「ここに集まった者たちはエルフの貴族たちですか?」
「国民全員です」
「……え?」と私は思わず聞き返した。
「正確には、寝たきりの老エルフなどは流石に留守番だと思います」
「何をおっしゃっておられるのですか? ローゼンクロイツ様? いくら年をとっていても長のお帰りを喜ぶ宴に出ない者などおりませんよ」
人々の中から年老いたエルフが出てきてそう笑った。
賢者のような容貌ではあるが、その見た目の年齢の割には元気そうである。
「まぁ、エルフは病気知らずの長寿で、寝たきりになるのは戦で深手を負った時くらいですが」
そんな魔塔主の言葉にまた笑い声があった。
「エルフは戦で深手を追う者などほとんどおりませんよ。大体は魔法で相手の戦隊を火だるまにして終わりですから」
つまり、エルフがこの世界の生態系の頂点ということだろうか?
そこで私は広間内のエルフたちの数に納得がいくような気がした。
生態系はいつの時も上にいくほどその数は少なくなり、三角形の形になるものだ。
なぜなら、そうでなければ弱いものはあっという間に絶滅し、その結果、上にいたはずの生物たちも滅んでしまうからだ。
つまり、亜人種を含めた人類生態系の頂点に立つエルフの国の国民の数がこれほど少ないのも、自然の摂理というやつだろう。
「みなさん、私と魔塔主の会話が聞こえていたのですか?」
私の言葉に国民の皆が頷いた。
「我々は耳が非常にいいですからね」
「ですから、内緒話をする際にはお気をつけください」
私は先ほど、魔塔主に非常に小さな声で話しかけたのだ。
その言葉が全て聞こえているのならば気をつけたところで無駄だろう。
この国にいる間は秘密の話などは出来なさそうだ。
エルフたちは心を込めて宴の準備をしてくれたようだし、彼らが用意できる精一杯の贅沢品でもてなしてくれたことはわかるが、宴で出された食事はどれも健康意識が強い食事のように見えた。
彼らが別にそのように意識して提供してくれたわけではないのはわかっているが、前世のダイエット本に出てきそうな食事ばかりだった。
野菜や山菜を中心にした料理で、味付けもシンプルなものばかりだ。
肉は鶏肉で、煮込んだり焼いたりしているが、やはり味付けは塩と胡椒という感じのシンプルなものだった。
最後の口直しとして出てきたデザートは酸っぱいフルーツだった。
宴会の料理にしては見た目も地味で、何度も食べたい美味しい料理というわけではないが、確実に体には良さそうだった。
……いや、正直に言おう。
オルニス国の食事は美味しくない。
魔塔主が甘いお菓子しか食べなかったことにちょっと納得しかけてしまった。
エトワール王国も小国だ。
私の7歳の誕生日までは帝国傘下に入ることも許されず、経済力もない国で他国の商品はほとんど入手できなかった国だが、それでも食事はここまで酷くなかった。
長の席に座る魔塔主を見れば、食事には全く手をつけずにお酒だけを飲んでいるようだった。
「魔塔主、何も食べずにお酒を飲むのは体に悪いですよ」
そう言った私に魔塔主は目の前の料理をフォークに刺して、私の口元に持ってきた。
「なんですか?」と開いた口に料理を入れられる。
本当になんなのだろう?
「美味しいですか?」
魔塔主の作り笑顔の質問に私は凍りついた。
エルフたちは耳がいい。
今の魔塔主の問いかけも聞こえているし、私の回答にも聞き耳を立てているに違いない。
皆に聞こえていることがわかっているのに正直に答えることはできない。
さて、どうしたものかと悩んだ末に私は魔塔主の真似をすることにした。
にっこりと笑って、魔塔主の口元に料理を運んだ。
「味の好みは人それぞれ、エルフそれぞれですから、ご自分で食べてみてください」
私が美味しくないというのは良くないが、この国の長が言うのならば問題あるまい。
私の行動に魔塔主は驚いたようだったが、すぐに楽しそうに笑った。
そして、私の差し出していた料理を口に入れた。
「うん。相変わらず味気ない」
そう笑う魔塔主は楽しそうだった。
やはり久しぶりに故郷に帰ることができて嬉しいのだろうか?
魔塔主を旅に誘った私に感謝してもいいだろう。
しかし、魔塔主の心無い言葉にオルニスの人々が傷ついたり怒ったりしていないといいのだが、と思ってチラリと彼らを見ると、彼らは魔塔主の顔を驚いたように見つめていた。
「長が……」
「ローゼンクロイツ様が……」
「笑った……?」
誰かがそう呟き、そして彼らはわっと盛り上がった。
「ローゼンクロイツ様が笑ったぞ!」
「王子様は本当にすごいな!!」
「リヒト王子様のおかげだな!」
「リヒト王子、ずっとこの国にいてください!」
「リヒト王子ばんざーい!」
「ローゼンクロイツ様ばんざーい!」
エルフたちが盛り上がり始めた。
前世の小説や漫画、アニメではクールなエルフが多かった気がする。
だから、なんとなくエルフはもっと落ち着いた人々だと思っていたのだが、どうやらこの世界のエルフはそうではないようだ。




