85 カルロの転移魔法
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髪の毛を洗い終わると、今度はカルロは私の右腕を洗い始めた。
「そういえば、カルロは転移魔法が使えるようになったって言っていたね。すぐに教えてくれればよかったのに」
私はカルロのことならなんでも知っておきたいのだから。
「えっと……もしかすると、リヒト様が嫌がられるかと思って」
「私が嫌がる? どうして?」
「僕の転移魔法は光属性の魔法ではないのです」
光属性の魔法にしか転移できる魔法はなかったと思っていたが、私の勘違いだったのだろうか?
「僕の転移方法は偶然発見した魔法で、魔塔主も知らなかった方法なのです」
「魔塔主が知らなかった魔法!?」
それは、世紀の大発見ではないだろうか?
いや、そもそも、元からあった魔法なのだろうか?
もしかすると新しい魔法を作ったということになるのかもしれない。
うちの子、本当にすごい!
「どのようにするんだ!? 見てみたい!」
「僕が自分の影の中に空間を持っていることはご存知ですよね?」
「うん。これまでの周遊先で購入したものを何度も保管してもらってとても助かったよね」
私の右腕を洗い終わったカルロは今度は左側に移動して、私の腕を持ち上げて洗い始める。
「その空間に僕自身が入れるようになったんです」
「……カルロが、カルロの影の中に?」
「はい」とカルロは少し不安そうな様子で頷いた。
影から触手を出して自由に動かしているのもすごかったけれど、そんな影の中に自由に出入りできる……
それは、自分だけの隠し部屋や秘密基地みたいなものだろうか?
影を操り、影の空間を操れる……
「それは、すごく格好いいな!!」
少し不安な様子を見せていたカルロは嬉しそうに微笑んだ。
うちのカルロは本当に可愛い。
「その影の中からリヒト様の魔力を探すことができて、僕はリヒト様の影の中から出ることができるのです」
「移動方法がとても画期的だね!! 論文にして魔法学会に提出しなければ!」
「いえ! それはできません!」と、カルロは強めの口調で慌てて言った。
「魔塔主とも話し合ったのですが、論文にして発表することはしません」
「どうして?」
論文を発表すればカルロは一気に名声を手にすることになるだろう。
この年で新しい魔法を生み出したのだ。
まさに世紀の天才、神童だろう。
「理論を学んだ闇属性の者がリヒト様を狙わないとは限りませんから」
「確かに……暗殺者に私の影から出てこられたら流石に対処できないかもしれない」
私だけでなく、暗殺の危険がある人物は周囲だけではなく自分の影にまで注意する必要がある。
かなり強い精神力がある人間でも辛い状態だろう。
「影を通れるのは魔力が豊富な人間に対してだけなのかな? 魔力が弱い人間の影も通れるのか?」
「それは分かりません」
首を横に振ってカルロが答えた。
「今のところこの魔法が使えるのは僕だけですし、僕はリヒト様のことにしか興味がないので」
「意識を向けた人間の元にしか行けないんだね?」
「はい。僕はリヒト様の魔力なら辿ることができますが、他の人のものは分かりません」
「魔力を辿るということは、魔力を感じられない人の元へといけない可能性が高いかもしれないね」
「そうですね」とカルロは頷いたが、その点にはあまり興味がないようだった。
「カルロは私のことが本当に好きだね」
どうやら、私の元に来れるということだけを重視しているらしいカルロに私はそう笑った。
私はカルロを茶化す気持ちで言ったのだが、カルロは嬉しそうにその瞳を輝かせて「はい!」と返事をした。
カルロは本当に子犬みたいに可愛い。
いつものように頭を撫でてあげたかったけれど、私は今全身ずぶ濡れなのでやめておいた。
バスタブから出ると私は水濡れ防止の保護魔法がかけられている椅子に座り、カルロが頭を拭いてくれている間に急いで体を拭いて、下着を身につけてバスローブを羽織る。
最初の頃はカルロは私の体を拭きたがったが、下半身を洗われるのを拒否するのと同様に私は一生懸命断った。
ドライヤーのような魔導具で髪を乾かしてもらい、髪が完全に乾き切ってから、寝巻きに着替えさせてもらう。
一人でも着れるというか、なんなら寝巻きくらいは一人で着た方が早いのだが、着替えに関してはカルロが譲ってくれなかったので任せている。
「魔法、見せてもらえる?」
寝巻きのボタンを止めてくれていたカルロにそう言うと、カルロは少し俯いて小さな声で言った。
「僕がリヒト様の影に入るの、本当に嫌じゃないですか?」
「嫌じゃないよ」
寝巻きのボタンを止め終わったカルロは少しもじもじとして、「わかりました」と頷いた。
浴室には窓はないし、扉は寝室との間に一つだけ。
寝室には乳母やメイドたちがいて見張りの役目を果たしてくれている。
秘密の新しい魔法を見せてもらうにはちょうどいい場所だろう。
カルロが意識を集中すると、カルロは自分の影の中に沈むように入っていき、カルロの全身が影の中に入り込んだと思ったら、今度は私の影からカルロの頭が出てきた。
まるで水面から出てくるようにゆっくりと出てくる様子が興味深くて、私は自分の影に触ってみたが私にとってはただの浴室の硬い床だった。
「私は影の中に入れないのかな?」
カルロが胸元あたりまで出てきたところでそう聞くと、カルロは少し驚いたようにその目を見開いた。
カルロが返事をする前に私はカルロの影にはもともと物を収納してもらっていたことを思い出した。
影の中に入れるのはカルロ限定ではないはずだ。
「カルロが私を影に入れたいと思えば入れるのかな?」
「リヒト様は僕の影の中に入りたいのですか?」
そのカルロの声は思いの外、真剣な硬い声だった。
「カルロは私の影から出てこられるのに、床が硬かったから疑問に思ったんだ」
「そういうことでしたら」とカルロは影から手を出して私の手を握った。
そして、カルロに引かれるままに影に近づけば、そのまま私の手は影の中に入っていった。
「入れた……」
影の中に入る時には特に何の感覚もなかった。
水に手を入れるような抵抗感を感じるのかと思ったが、そういう感覚もなく、すーっと入ったのだ。
先ほどまでは硬い床だったのに、カルロが私に触れているだけで影に手を入れることができるのだから不思議だ。
カルロが影から全身を現してから、私たちは浴室から出た。
乳母とメイドたちが就寝の準備をしてくれていたから、私は闇属性について書かれた魔法書を持ってベッドに上がった。
カルロの湯浴みが終わるのを待つ間、読書をすることが日課になっていた。
闇属性について書かれた魔法書には、やはり、カルロが見せてくれたような魔法については書かれていなかった。
カルロが新しい魔法を生み出したことを発表できないのは残念だったが、カルロが魔塔主も認める天才だということは、しばらくは私だけが知っていればいいだろう。
推しのカルロがこんなにも素晴らしい魔法使いで神童であることを私だけが知っているというのは、カルロのファンとしては非常に誇らしいことだった。
続きはアルファポリスにて先行公開となります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/135536470/135910722




