82 大好き
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カルロも私も攻略対象効果なのか魔法使いとしては非常に優秀で魔法理論の飲み込みも早く、座学を実技に活かすことはそれほど難しいことではなかった。
しかし、微量とは言えど手を握って感じるほどの魔力を持っていた少年……テオは、カルロが魔法の基礎を教えてもなかなか魔法を使えるようにならなかった。
そもそも魔法理論の理解がなかなかできないでいるようだった。
物覚えが悪いというよりは理解力が低いというか、想像力が乏しい感じだ。
この世界の魔法は魔法陣を使う。
実際に地面などに書いてもいいけれど、それだと発動までに時間がかかりすぎるため、たいていの魔法使いはイメージでそれを補う。
おそらく、そのイメージによる発動の仕方は皆それぞれに少しずつ違うと思うが、私の場合は目の前に魔法陣があるように思い浮かべて、宙にある魔法陣のイメージに魔力を通していくようにして魔法として発動させるのだ。
魔法を発動させやすくするために大小の杖を使う魔法使いもいるが、そうした者たちはおそらく、杖の先に魔法陣があるようにイメージしているのではないだろうか。
小さい杖を使う魔法使いは杖の先端でくるっと輪を描くようにすることがある。
それはきっと杖を動かしている間に魔法陣が描かれていくイメージをしているのではないかと推測できる。
光属性が一番得意な私は空中に光で魔法陣が描かれていくイメージをすることは難しくないけれど、カルロは実際に描けるような素材があった方がイメージしやすいということで、大体は自分を中心にして地面に魔法陣が描かれるイメージで魔法を発動していると言っていた。
杖は使わずに魔法陣のイメージを補助するために詠唱する者もいるが、やはりこの場合も少し時間がかかる。
まずは魔法陣に描かれる図柄と属性の関連性を学習しているテオだったが、図柄を覚えることは難しくなくても、図柄と魔法の効果のイメージが結びつかないようだった。
紙に火魔法の図柄を描いて魔力を注ぎ、火を生み出すことは可能だが、火魔法の図柄と風魔法の図柄を組み合わせて、竜巻のように渦を巻く炎とするのは難しいようで、魔力を流し込んでも同時に発動せずに生み出された火魔法を風が揺らしたり消してしまったりする。
決してカルロの教え方が悪いということではなく、むしろ、カルロはできないことが不思議で、噛み砕くように魔法理論を繰り返し教えて、魔力の注ぎ方も助言したりしている。
生徒を投げ出すことのないいい先生なのだ。
「魔力があっても魔法の才能があるわけではないということでしょうか?」
勉強部屋に突然遊びに来た魔塔主にそう聞くと、魔塔主は面白がるように笑った。
「そうですね。才能がないというよりは、誰もがリヒト王子や従者くんのように天才ではないということです」
「……どういうことですか?」
「その子は、いたって普通の魔法使いの卵ですよ」
「……もしかして、魔法使いは皆通る道ということですか?」
「複数種類の魔法属性を魔法陣に描いた際に魔法陣全体に均一に魔力を注ぐなんて、簡単にできることではありませんよ。普通は繰り返しの練習が必要なものです」
私もカルロもその辺りのことはなんの苦労もなしにやってしまっていたので気づかなかった。
私が思っていた以上に魔法を使う際には攻略対象チートが働いていたようだ。
「天才肌ではない魔法使いを一人教師として派遣してもらえますか?」
きっと、今回だけでなく、この先も何度もこうした攻略対象チートによって気づけなかったことによりテオのことをわかってあげられないことが出てくるだろう。
それで彼のやる気がなくなり、身を守る能力を身につけることができないのはかわいそうなため、私は魔塔から教師を雇うことにした。
魔塔にも天才型の魔法使いが多いが、各国の貴族に雇われて普通の子供たちを見てきた者たちが多いため、テオの教育は十分に可能だろう。
できるだけテオの気持ちをわかってあげられるように、秀才タイプの魔法使いを送ってくれるようにと魔塔主に依頼した。
数日後、魔塔主に選ばれて一人の魔法使いが下町に来てくれたのだが、その魔法使いはとてもスパルタだった。
魔塔主は魔法陣全体に均一に魔力を注ぐには練習が必要と言っていたが、練習などという言葉では生ぬるい、筋トレでもしているのかという特訓だった。
「あの、もう少し優しく……」
あまりの厳しさに私は見かねてそう声をかけた。
「リヒト王子やカルロ様にお仕えするのであればこれくらいの特訓ではまだまだ生ぬるいです!」
魔塔の魔法使いには珍しいタイプで、学者タイプというよりは熱血漢のような熱さを感じた。
「テオには自分自身を守れるくらいの魔法があればいいのです。私たちのそばで何かさせようということは考えていませんので」
「しかし、本人の目標ですので」
魔法使い曰く、テオが上級魔法使いレベルの魔法使いになることを望んでいるらしい。
いつの間にか、テオの目標は自分を守る魔法を使えるようになるというものではなく、私やカルロに仕えることができるレベルの魔法使いになるというものになっていたようだ。
要するに、宮廷魔法師を目指しているということだろう。
王宮に勤める魔法使いは魔塔の魔法使いには劣るものの、国での最高レベルということになる。
どうしてそんな高い目標を掲げてしまったのかわからないが、テオのやる気を削ぐわけにもいかないので、とりあえず応援しておいた。
「頑張って」と言えば、テオはとても嬉しそうに笑った。
その笑顔に私はホッとする。
大人たちの勝手に振り回されなければいけなかった子が笑えるようになったのだ。
それはとても嬉しい変化だった。
「リヒト様はテオのことをとても気にかけていますね……」
少し不満そうなカルロの言葉に私は苦笑いしてしまう。
私が気にかけているのはテオではなく、テオの生い立ちだ。
それは、ゲームでのカルロと重なる部分があるからだ。
大人たちの悍ましい欲望の対象にされた少年。
ゲームをプレイしていた前世の私がどうしても変えたかったカルロの過去、そして変えることのできたカルロの過去を、テオは経験してしまっているのだ。
けれど、前世で変えることのできなかったカルロの絶望的な未来のような経験はテオにしてほしくない。
せめて、未来だけは、自分のために幸せを勝ち取って欲しい。
「私はね、カルロ。子供たちには笑っていてほしいんだ」
この国にはテオのような、施設に保護されている子供たちのような思いをした子供がまだたくさんいる。
きっと、まだ救われていない子供たちもどこかにいるだろう。
「僕にもっと力があれば良かったんだけどね」
そう自嘲すれば、それまで拗ねたような顔をしていたカルロの眼差しが真剣なものに変わった。
そして、カルロは「わかりました」と真剣な声音で言った。
「僕ももっと魔法の練習を頑張りますし、テオを宮廷魔法師になれるくらいまで鍛えます!」
「……え?」と私は思わず聞き返した。
私の無能とカルロたちの成長は関係ないと思うのだが?
「僕や他の者たちがリヒト様の力になります!」
「……」
「リヒト様の願いを叶えます!!」
「だから」とカルロは私の頬に触れた。
「リヒト様も笑ってください」
カルロの優しさに胸が震える。
「カルロ……」
「はい。リヒト様」
「私は、カルロのことが大好きだ」
そう素直な気持ちを言えば、カルロの顔が真っ赤になった。
一瞬で格好いいカルロから可愛いカルロになって、その可愛いカルロの姿に私は嬉しくなった。
カルロは私に幸せをくれる貴重な存在だ。
「ぼ、ぼ、ぼ、僕も、リヒト様のこと、大好きです!!!」
すごく顔が真っ赤なのに律儀にそう答えてくれるカルロが可愛い。




