81 愚かな行為
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「ほら! さっさと帰るぞ!」
少年たちの後について外に出ると、貴族の男がこの施設で保護していた少年の腕を掴んでいた。
身なりは平民のものではないが、それほどいい仕立ての服とも言えない。
おそらく下級貴族の上か、中貴族の下といったところだろう。
男に腕を掴まれている少年は真っ青な顔で涙を流していた。
「待て! その子をどうするつもりだ!」
自分の正体がバレることを覚悟で私がそう声をかけると、男は睨むように鋭い視線をこちらに向け、そして、私の顔を見て、ヒュッと息を止めた。
「……リ、リヒト王子がどうして……」
よかった。一応はこの男もお披露目の会場に来ていたようだ。
私の顔を知っているのなら、この場で無体なことは出来まい。
さらに、男は私の後ろに立つオーロ皇帝を見てガタガタと震え出した。
「おい。いつまでその子供の腕を掴んでいるつもりだ?」
オーロ皇帝の低い声と鋭い眼光に男は少年の腕から手を離した。
少年は急いで私たちの後ろへと走ってくる。
「グレデン卿、彼を捕え、城の牢へと入れてください」
「かしこまりました」
グレデン卿は護身術や剣術の教師役として来ていた他の騎士たちと共に男を護送する準備を始めた。
男から話を聞くのは後でいい。
今は、子供たちの心のケアが必要だ。
「みんな、大丈夫?」
きっとこれまでのように親しくは接してくれなくなるだろうと少し残念な気持ちで彼らを振り返ると、少年少女らはキラキラとした眼差しを向けて来ていた。
オーロ皇帝は私の肩をポンッと叩き、ニヤリと笑った。
「これから、大変になるぞ」
「何がですか?」
オーロ皇帝の言葉の意味がわからなくて私は眉間に皺を寄せたが、オーロ皇帝はニヤニヤと笑うばかりだった。
結論から言えば、オーロ皇帝の言葉通りに大変だった。
私がこの国の王子だとわかった少年少女たちは以前にも増して私への関心を深めた。
身分が違うとか立場が違うとかで距離を置かれるかと思っていたが、彼らは屋敷から出されて下町の施設に入っても貴族社会にいた子供たちだったのだ。
上位の者に会えばお近づきになりたいと思い、あわよくば自分の権力増強などのために相手を利用したい。
彼ら彼女らが育った環境が、子供たちにそのような性質を植え付けてしまったのだろう。
子供だからその素直さが可愛いような気もするが、大人だったらかなり鬱陶しいはずだ。
だからこそ、大人の貴族たちというのは笑顔の仮面で本心を隠すのだろうが。
とにかく、王子という身分が知られた私は少年少女たちにすごくモテた。
そして、施設運営の手伝いに来てくれていた下町の人のいいおじさんやおばさんたちとは明らかに心の距離ができてしまった。
これまでも商家の子供と思われていたようで敬語で話されていたが、それさえもなくなった。
思わぬところに大きな影響があって悲しい。
だって、おじちゃんおばちゃんたちこそ、私の心の同年代で、気を使わずに気軽に話していた相手だったのに!
捕まえた男の事情聴取は騎士団の者に任せていたのだが、その報告を受けて呆れた。
下級寄りの中級貴族の男はパーティーでのオーロ皇帝の言葉に一応は従い、愛妾にしていた少年を解放した。
少年には数日後には必ず屋敷に戻るようにと言い聞かせていたそうだ。
しかし、少年は戻ってこなかった。
解放された少年少女は下町の施設で保護することはオーロ皇帝も話していたため、男は一度はオーロ皇帝の言葉に従ったのだからもう十分だろうと少年のことを探しに来たそうだ。
つまり、この男、オーロ皇帝の意図を何もわかっていなかったということだ。
オーロ皇帝は一度子供たちを解放すればその後どうしようと自由などとは言っていない。
子供の意思を無視して行われた売り買いという行為なので、子供たちは自由にするべきだと。
その上で、子供自身がそれまでの生活の継続を望むのであれば、自らの意思で屋敷に留まるなり戻るなりするはずだ。
その際には貴族はそれまでの養護義務として子供を受け入れて適切に保護しなければならないという意図だったのだ。
もちろん、今後の売り買いは禁止だし、たとえ以前買った子供が自分の意思で買い手の貴族の元に留まったとしてもそれまでのように性的関係を結ぶことは帝国法で禁止している。
売り買いには契約書もないし、契約書がないということは、少年少女が性的相手をするという義務もないし、帝国法が施行される前の売り買いであっても子供たちへのあらゆる虐待は許されない。
当然、男は帝国法に違反したということで懲罰を受けることになった。
私は帝国にいた間に帝国法の勉強をしているから知っているが、オーロ皇帝は本当に厳格な人物で、子供たちへの虐待を決して許さない。
そして、その法を犯した者への罰はかなり重い……人によっては死んだ方がマシだと思えるほどに重いのだ。
男に与えられた罰は、少年を攫おうとした原因ともなる男の性癖の排除……つまり、去勢であった。
前世ほど医学が進んでいないため、精巣だけを除去するという手術はなく、男性器を全て切除するそうだ。
魔法のある世界なのだから魔法でそのようなことができると思うのだが、オーロ皇帝曰く、それでは罪人へ与える恐怖が足りないし、誇りある魔法使いは罪人の去勢手術をするくらいなら罪人を一瞬で消し炭にした方がいいと考えるらしい。
確かに、私も罪人が不能になるように男性器にだけ魔法をかけたいかと言われるとすごくやりたくない。
魔法を使うということは私自身の魔力を相手に与える行為でもある……
絶対に性的な罪人とは関わり合いになりたくない。
事件から数日後に施設に行き、攫われそうになった少年を別室に呼んで男が罰を与えられること、そして、しばらくは牢から出てこないことを教えた。
「男は悪いことをしたから罰を受けました。でも、牢から出てきた後に君に逆恨みをして何もしてこないとも言い切れません。よければ、護身術や剣術を習ってみませんか?」
希望する子供たちにはすでに護身術や剣術を習わせていたが、彼は大人の男性を怖がっていたため騎士団が教える授業には参加していなかったのだ。
しかし、これまでは怯える様子ばかり見せていた彼は私のことを救世主か何かだと思っているのか、期待を持った眼差しで私の手を握った。
「リヒト様が教えてくださるのですか?」
騎士団がいるのに年下の私に教わりたいという彼に驚いたが、原因の男を捕まえたところで大人の男性が怖いという気持ちがすぐに変わったりはしないのかもしれない。
それに、彼に触れられて私はあることに気づいた。
「無礼です! リヒト様の手を放し……」
カルロが少年に注意してくれようとしたが、私が自分から少年の手を握ったことでカルロの言葉が止まった。
私は少年の手を両手で包み、意識を集中して確認する。
やはり間違いない。
「君、魔力がありますね」
なぜだか頬を赤くしていた彼は「魔力ですか?」と聞き返してきた。
「はい。まだ微量ですが、魔力があります。もしかすると魔法を使う才能があるかもしれません。君を攫おうとした貴族は魔法使いではありませんでしたから、魔法が使えれば君の強い武器になるでしょう。一緒に勉強してみますか?」
魔力を持つ者は多くない……
否、正確にはこの世界の生物は皆魔力を持っているようだったが、それが生きるための最低限の魔力しか持っていなければ、こうして触れたところで感じることはできない。
そして、他者が感じるほどの魔力を持っている者は少なく、貴族の中でも上級貴族に数名生まれるくらいだ。
だから、子供を売らなければいけないような家門に魔法使いの素質がある子供がいるとは思ってもみなかった。
それでこれまでは魔法の授業をしようとは考えていなかったのだが、時々平民でも魔力持ちは生まれるのだから、彼のような子がこれからも見つかるかもしれない。
もちろん、魔塔に入れるほどの魔法使いになるのは難しいだろうが、あの男相手ならば火球の一つでも飛ばせれば十分だろう。
「魔法はリヒト様が教えてくださるのですか?」
「まだ大人の男性は怖いですか?」
少年は私の手をぎゅっと握った。
その頬が赤い。
緊張しているのだろうか?
「……はい。まだ少し……」
「では、私が……」
「教えましょう」と言おうとしたが、それはカルロの言葉によって遮られた。
「僕が教えます!」
カルロは闇属性の魔法しか使えないのではないだろうか?
そう思ったが、魔法を教えるのに全ての属性を使える必要はない。
魔法は基礎を学び、自分の属性を知り、魔法陣についての知識とそのイメージが大切なのだ。
それに、これまで施設の子供たちと積極的に関わろうとはしなかったカルロが初めて自分で教えたいと言ったのだから、その意思を尊重してあげたい。
「では、カルロに頼みます」




