77 皇帝の気遣い
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結局、カルロだけ帝国に避難させる案は有耶無耶になってしまった。
また今度提案してみようかとも思うが、同意してもらえる未来が見えない。
乳母もこの案には反対だったようだし。
客観的に考えれば王子の私が行かないのに従者だけ避難させるというのはおかしな話かもしれない。
もしかすると、カルロが了承してくれてもオーロ皇帝は渋い顔をするかもしれないな。
オーロ皇帝が受け入れてくれないのであれば、そもそも帝国への避難は無理だろう。
……というか、オーロ皇帝はいつまでこの国にいる予定なのだろう?
乳母は廊下に出していたメイドたちを部屋の中に入れると、母上のところに向かったようだ。
おそらく、私が両親に教わるべきキスの意味を知らなかったことを伝えにいくのだろう。
両親が伝え忘れていても問題だし、もしも私が忘れてしまっているのならば再度教育の必要があるだろう。
……あんなに衝撃的な内容を忘れていたとは思えないから、おそらく両親の伝え忘れだろうとは思うけれど。
案の定、母上のところから戻ってきた乳母が言うには、私が年齢にそぐわない自立したしっかりとした性格なために両親は私にキスを含めた両親が伝えるべき内容を伝え忘れていることが多々あるそうだ。
しっかりしてくれ。
この世界の常識を知らなかったことで恥をかくのは私だ。
「オーロ皇帝はこんなに長くエトワール王国に滞在して何をしているのですか?」
夕食の席でオーロ皇帝に聞くと両親から失礼だと注意されたが、オーロ皇帝は答えてくれた。
「日中は帝国に帰って執務を行なっている」
まさかの回答に驚いた。
「では、なぜわざわざ夜にエトワール王国に来ているのですか?」
「私がエトワール王国に滞在していると思わせていた方があの変態からリヒトが狙われ難いと思ってな」
「私のためにわざわざ毎日エトワール王国に来て夕食を食べていたのですか!?」
私は慌てて両親へ視線を向ける。
「父上と母上も知っていたのですか?」
「リヒトを守るためにお力を貸してくれるとおっしゃられて……」
そんなふうに言われて両親が断れるわけがない。
「本当はリヒトを私の養子にしたいと言ったのだが」
オーロ皇帝の突然の暴露に私はギョッとした。
私はずっと、両親にはオーロ皇帝から養子の話が出ていたことは隠していたのに!
帝国の皇帝のわがままを小国の王と王妃が断れるわけが……
「それは断られた」
どうやら、私の両親は度胸のある親バカだったようだ。
身売りされなくて安心した。
「それでだ、リヒト、其方、帝国に戻ってくる気はないか? 帝国の方が安全なのは間違いないだろう」
「しかし、私は7歳になったので、これから色々と公務もあると思いますし」
私の言葉に父王が「ん〜」と唸った。
「そうだね。記念式典に出席したり、貴族の子息令嬢の誕生日パーティーに呼ばれるだろうが、まだ7歳なのだから最小限でいいだろう」
「そうね。公爵家などの上位貴族のお呼ばれは断り難いけれど、中位貴族、下位貴族からの招待は断ってしまいましょう」
「誕生日パーティーなどはそれでいいでしょうが、会議への参加はそういうわけにはいかないでしょう」
私の言葉に父王は笑った。
「それは成人してからだな。希望するなら成人する前に勉強として参加してもいいが、それも成人する前年くらいからでいいだろう」
「まだ7歳のあなたの仕事はよく学びよく遊ぶことよ」
これからどんどん公務の予定が詰まってくると思っていた私は混乱した。
私の様子を見ていたオーロ皇帝が喉を鳴らすように笑った。
「其方は中身が大人みたいなところがあるからな。7歳のお披露目が成人式のような感覚であったのだろう」
「しかし」とオーロ皇帝の声が優しくなる。
「それほど急いで大人になる必要はない。公務のこともだが、あの変態のことも大人に任せておけ。其方は安全なところで好きなことを学んでいればいいのだ」
「しかし、王子である私がまた長期間国にいないというのも……」
「リヒト」と父上が言った。
「私からもオーロ皇帝にお願いしていたのだ。リヒトを匿って欲しいと」
まさか、親バカな父上がオーロ皇帝にそのようなお願いをするとは思ってもみなかった。
「私はあの人の息子だからわかる。あの人は自分が気に入ったものを諦めたりしない。まだ何も起こっていないうちに前王であったあの人を牢に入れるわけにもいかないが、かといって、ただリヒトが狙われているのを安穏と見ていることもできない」
「リヒト、わたくしたちもあなたと離れたくはないわ」
母上が私の手を握った。
「けれど、少しの間だけ安全なところにいてちょうだい」
両親の……王と王妃の願いならば私は素直に頷くべきなのかもしれない。
けれど、この国の慣習を変えたいと考えていた私がこの国が変わろうという時にその場を離れてもいいのだろうか?
私がするべきことが、私が取るべき責任があるような気がする。
「少し考えさせてください」
私はその場でも、結論を出すことを保留した。
夕食の後、私は父上の執務室へと呼ばれた。
話は私がキスの重要性を知らずに失敗した件だ。
親から伝えられるべき大切な話と乳母は言っていたが、両親から聞いた話は乳母が教えてくれた話とほぼ同じだった。
端的に言えば、ごくごく親しい間柄だけでするものだから、無闇にしてはいけない。
ましてや、王族という身分を十分に考慮しなければならないという話だった。
要は前世の日本人の感覚でいれば大丈夫だろう。
西洋人のように挨拶感覚でするのではなく、相手も場所も慎重に考えていれば大丈夫だ。
翌日、私は久しぶりに下町へと行った。
カルロや乳母が一緒に行くと言い出したら馬車で来ようかと思っていたが、今回は二人とも大人しく見送ってくれたので、私はグレデン卿と一緒に転移魔法によって情報ギルドを訪れた。
法律が変わったら追い出される子供たちが出るだろうとジムニとゲーツ・グレデンが言っていたから、その様子を見に行くことにしたのだ。




