73 来る変態
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ライオスと魔法学園について話すために彼の客間へと向かった。
魔法学園の案がどれくらい書けたのか確認した上で話す予定だったのだが、昨日渡した紙の束をすでに使い切っているとは思わなかった。
ライオスは寝ていないのかその目の下にはクマがあった。
しかし、本人はテンションが上がっているようで元気だ。
「リヒト様、もっと紙をいただけますでしょうか? 魔法学園の案が止まらないのです! というか、私を従者にしませんか!? そうすれば、私もカルロ様のようにリヒト様のそばにずっといられますから、魔法学園についてのお話がたくさんできます! やはり一人で考えているよりも話し合った方がより良い案がたくさん出せると思うのです!」
私は興奮した子供を落ち着かせるために穏やかに微笑んだ。
「紙は用意しますね。魔法学園についてはライオスが一番情熱をもって取り組める人材だと確信していますのでお任せします」
私には魔法学園にかける情熱はないため、従者の話はなしでとは口には出さないが、乳母やシュライグには伝わっているはずだ。
本当はライオスが書き出したアイデアを一緒に見ながらライオスの説明を聞くつもりだったのだが、どうにも暴走して話が長引きそうだったので、私は魔法学園の案がびっしりと書き込まれた紙をシュライグに持ってもらうと、ライオスの部屋からすぐに去ることにした。
「紙は後ほどメイドに届けさせますが、まずはライオスはしっかりと寝て、その目の下のクマをどうにかしてください。睡眠と食事がしっかりと摂れたことを確認できたら紙をお渡しすることとします。ペンとインクも一旦こちらで引き取りましょう」
私の言葉にライオスが絶望的な表情になる。
「そんな! せっかく理想的な魔法学園を作り上げるための第一歩が踏み出せたのに!」
「ライオスが過労で倒れては意味がありません。そんなぼんやりした頭で計画書を書かれても不安です。とにかく今は休んでください」
「はい……」とライオスは見るからに肩を落とした。
たった一人の付き人である護衛騎士が少しホッとした表情をしていた。
どうやら、ライオスのことをちゃんと気遣ってくれているようだ。
私は護衛騎士に何か必要なものがあればいつでも執事やメイドに言ってほしいと伝えて部屋を後にした。
勉強部屋に戻った私はライオスが書き上げた魔法学園の案を読み、質問を書き込み、案をさらに具体化する提案を書き加え、新しい紙に魔法学園の図面を引いた。
設計図を書いたことなどないので、一般人が理想の家を書いてみた時のような設計ルール無視の大雑把なものだったが、それでもシュライグはその目を丸くして聞いてきた。
「リヒト様はどうしてそのような設計図が書けるのですか?」
私は素直に専門的知識などなくテキトーに書いているだけだと答えようとしたのだが、私が答える前にカルロと乳母、そしてグレデン卿まで同じことを言った。
「リヒト様だからです!」
「そうです。リヒト様だからです」
「リヒト様だからです」
三人の信頼と期待が重い。
そんな三人の回答に、シュライグも「やはりリヒト様はすごいのですね」と目を輝かせている。
カルロはともかくとして、大人たちはもっと冷静に判断してほしい。
「リヒト。一緒に食堂に向かおうと思って迎えに来た」
夕食に向かうために扉を開けると、そこには絶世の美男子の爽やかな笑顔があって、ゾッとした。
来るかもしれないとは思っていたが、なかなか来なかったために油断していた。
リヒトの祖父こと変態の前エトワール王。
その人が勉強部屋の扉の前に立っていたのだ。
「お祖父様、ごきげんよう」
私は癖で作り笑いをしそうになった表情筋を抑えて、軽蔑の目のまま前王を見た。
下手に愛想笑いでもすれば変に気に入られる危険性がある。
私の見た目は金髪碧眼で変態の好みど真ん中らしいので気をつけなければいけない。
両親の仕事の邪魔をするつもりなどなかったが、これは仕方あるまい。
私は父上の執務室へと向かった。
「私は父上と母上と一緒に食堂へと行くつもりですので、お祖父様はどうぞお先に食堂に行っていてください」
無表情のままにそう言ったのだが、神経の図太い変態には全く効果がないようだった。
「そうか。では、ゲドルトに声をかけよう」
ゲドルトというのは私の父、現エトワール王である。
この変態からよくあの父が生まれたものである。
遺伝子など関係ないということだろうか?
反面教師にしたのだろうが、それにしても見た目も性格も全く似ていない。
変態の従者は早歩きで私の前を歩き、父の執務室の扉をノックした。
執務室の中から第一補佐官が顔を覗かせ、そして、驚いたように目を見開いて少年を見た後、すぐに私に気づいてくれた。
「ゲドルト様! リヒト様と……ペルヴェルス様がお越しです」
少し緊張した声で第一補佐官が部屋の中にそのように告げれば、ガタリッと慌てて父上が椅子から立ち上がったと思われる音がした。
そして、足音が響き、父王はすぐに扉のところまで出てきてくれた。
ちなみに、ペルヴェルスは確か変態の名前だ。
皆、その名前を口にしないようにしていたからはっきりとは記憶に留めていなかったが、そんな名前だったような気がする。
「リヒト、どうしたのだ!?」
「これから食堂へ行くので、お迎えに来ました」
「……そうか」
まだ何も起こってはいないことを察した父王はほっと息をついた。
「では、一緒に行こう」と、父王は私の手を握り、私と変態の間を歩いた。
いつも両親は一緒に食堂へと来るから母上の執務室に寄るのかと思ったが、変態により不快な思いをするのにわざわざ母上に声をかけることはしないようだ。
私たちはそのまま食堂へと向かった。
「リヒトは全くゲドルトに似ておらぬな」
「そうでしょうか? 私は私たちはよく似た親子だと思います。眉の形や目鼻立ち、耳の形なんてそっくりなのです」
「其方の自分によく似た子供だという言葉に騙されていた年月が口惜しい。リヒトは幼い頃から随分と愛らしかっただろうに」
気持ちの悪い粘着質な視線を感じて私は父上の陰に隠れるようにした。
「見れば見るほど、私の幼い頃によく似ている」
食堂にはまだオーロ皇帝は来ていなかった。
私が早めに食堂へと行こうとしていた理由は来賓客であるオーロ皇帝を待たせるわけにはいかないからだ。
多忙な両親が遅れてきてもいいように私が食堂で待っているのが最近の日課だった。
もしかすると変態はそのことを知っていて、夕食に少し早いタイミングで迎えに来たのかもしれない。
これまで食堂に来ることもなかったからオーロ皇帝を避けているのかと思っていたのだが、今日はどういう風の吹き回しだったのだろうか。
食事の準備をしていたメイドやフットマンが慌てて前王の席を準備する。
オーロ皇帝の席は前世で言うところのお誕生日席だ。
そして、オーロ皇帝から見てテーブルの左の席がエトワール王、その隣が王妃で、私は右に座っていたのだが、メイドたちは私の食器を母上の隣に移し、変態の食器をいつもは私が座っている席に用意する。
もちろん、背丈を合わせるために使っているクッションも移動だ。
こういう予定もなしに急に来るやつがいると使用人たちが大変だ。
使用人たちが慌てて用意を終えた頃、オーロ皇帝が執事長に案内されて食堂に入ってきた。
さすが執事長、前王の姿に一瞬だけ驚いたようだが、動揺はすぐに引っ込めた。
「おや……」
オーロ皇帝の目が細められた。
ここで怒って前王を追い出してくれれば嬉しいが、怒って部屋に戻られると困る。
しかし、オーロ皇帝は怒ることはなかった。
その代わりに、あからさまに蔑むような視線を前王に向けて嘲るような笑いをその顔に貼り付けた。
「これはこれはペルヴェルス殿、リヒトのお披露目パーティー以来ですな」
「どうにもオーロ皇帝は私のことが苦手なようですので、オーロ皇帝がお帰りになってから家族団欒を楽しもうかと思っていたのですが、随分と長期の滞在でしたのでご挨拶に伺いました」
「不要な挨拶ではありますがそれももう済んだでしょう? どうぞ、自室に戻って気楽に過ごされるといい」
オーロ皇帝と前王の言葉の応酬に私はすでにお腹いっぱいだ。
オーロ皇帝が席に着くと父上の合図ですぐに料理が運ばれてくる。
母上が急ぎ足で、しかし優雅に食堂に入ってきて私の隣の席に着いた。
チラリと前王に視線を向けて、それから私の手をテーブルの下でそっと握った。
それは私の身を案じてという意味もあっただろうが、それよりも自分を落ち着かせるためという意味合いの方が強いようだった。
「オーロ皇帝、遅れてしまい、申し訳ございません」
「いや、気にすることはない。帝国の傘下に入り、帝国法が適用されて色々と調整も大変だろう」
オーロ皇帝は前王の前でわざと帝国法の話をした。
これからは好き勝手に振る舞うことは許されないぞと釘を刺したのだろう。
しかし、前王がそれに動揺した様子は見せない。
その日の夕食はオーロ皇帝と前王との棘のある言葉の応酬で終わった。
また翌日も前王が来てこれが続いたらどうしようかと緊張したが、どうやら本当に前王のただの気まぐれだったようで翌日からはまた普通の夕食に戻った。
しかし、前王が私たちの前に姿を現した日から、両親が浮かない顔を見せることが増えた。
前王が私に何らかの接触をしてくることは十分に予想ができていた。
私は金髪碧眼で、さらに残念ながら見た目はまだ幼い子供で、前王の好みそのものなのだ。
だから、私も両親もある程度の覚悟はしてきたつもりだった。
それでも、実際に前王が目の前に現れたら緊張した。
おそらく、私以上に両親はひどいストレスに苛まれたことだろう。
私も前王のことは気持ち悪いし、万が一にもカルロにその魔の手が忍び寄るのならば今以上の嫌悪感を抱いたと思うが、前王の目は明らかに私にしか向けられていなかったので、その点がわかって実は少しだけ私はほっとしてもいた。
しかし、親バカな私の両親はそういうわけにはいかないだろう。
私にいつ魔の手が伸びてくるのか、心配で、不安で、恐怖しているのかもしれない。
帝国法が施行される前の事柄まで帝国法を当てはめて罪とするのは無理があるため、私としては前王が早々に私に手を出してくれれば未遂の状態で逃げて、罰則として無期懲役の軟禁生活でも送ってくれればと思っているのだが、このようなことを口にすれば両親は卒倒してしまうかもしれない。
聞くところによると前王は魔法が使えないらしいので、何かあれば私は転移魔法で逃げればいいだけのことなのだが、そうはいっても心配になるのが親心というものなのだろう。




