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【BL】 不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに【幼児ブロマンス期→BL期 成長物語】  作者: はぴねこ
お披露目編

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71 転移魔法の用法

お読みいただきありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけますと幸いです。


いいねやブックマーク、評価や感想等もありがとうございます。

皆様の応援で元気をもらっています。


誤字報告もありがとうございます。

とても助かっています。


「リヒト様!」


 ナタリアだ。


 私が一昨日までは隠された存在だったために、私の勉強部屋があるここは後宮だ。

 会議やパーティーを行ったり、客室のある城の中心の本宮ではないし、父と母の執務室がそれぞれあり、王族と許可を得た臣下しか入れない城の中でも厳重に管理された場所なのだが……


 廊下に立つ見張りの騎士たちを見れば、皆一様に困った表情をしていた。

 帝国の姫君に誰も注意することができなかったのだろう。


「リヒト様、姫様のことをお止めできなくて申し訳ございませんでした」


 ナタリアの乳母はそう頭を下げたが、ナタリアを本気で止めなかったのだろう。

 乳母が本気で注意をすればナタリアは我儘は言わない。


 けれど、ナタリアの乳母の目の中には、どうせ帝国の傘下に入った……それも末席の小国に過ぎないという気持ちがありありと浮かんでいた。


 私が帝国にいた時にはそのような顔はしていなかったから、私個人に対して何か思うところはないのだろうが、この国のことは見下しているのだろう。


 まぁ、その気持ちはわからなくもない。

 私も前世、仕事で関わった某国の方のことは特になんとも思わなかったが、某国という国自体にはいい印象が全くなくて旅行に行きたいとは思わなかったし、できるだけその国の製品は買わないようにしていた。


 そういうことはよくあることだろう。


 しかし、私は今、エトワール王国の王子だ。

 そして、ここは幼い私をこれまで隠すために厳重に管理されてきた場所で、王と王妃が執務を行っている場所だ。


 オーロ皇帝から話があると言われれば通さなければいけないだろうが、皇帝でもなければ皇太子でもない。

 オーロ皇帝の孫娘だからというだけで通されるような場所ではない。


「シュライグ」と私が静かに名前を呼べば、シュライグはすぐに「はい」と隣に来てくれた。


「騎士団長に見張りの騎士の交代をお願いします。立場に屈せずに仕事を遂行できる者を揃えてください」


「リヒト様?」とナタリアが不安そうな声を漏らした。

 私はそのナタリアを見つめてできるだけ落ち着いた声音で言う。


「ナタリア様、この一角にこれだけの見張りの騎士がいるのには理由があります。帝国のお城でも同様に重要な箇所には見張りの騎士がいたはずです。そのような場所に皇帝が溺愛するお姫様とは言えども政務をするわけでもないのに立ち入らせるわけには参りません」


 ここでナタリアやナタリアの乳母が怒り出したら面倒なことになるなと思った。

 それでも、一度許せばなし崩しにこの場所の重要度は低くなるだろう。

 帝国の者にとってだけではなく、エトワール王国の者にとっても。


 想定外だったのだろう私の反応にナタリアは驚き、それから俯いてドレスをぎゅっと握った。

 何も言えないナタリアの後ろに立っていた乳母の目からは蔑むような色が失せ、彼女は背筋を正して頭を深く下げた。


「リヒト様、お許しください。全てはわたくしの不手際でございます」


 その通りだ。

 まだ6歳のナタリアに政治的事情などわかるはずもない。

 乳母がこのような場所は気軽に立ち入っていい場所ではないのだときちんと教えなければいけなかったのだ。


「ナタリア様にはこのような小国での滞在は退屈でしょうから、お庭に案内いたします。こちらにどうぞ」


 私は先導するようにゆっくりと歩き出した。

 王族と許可を得た者だけが入ることを許される奥庭にナタリアを案内し、私たちはそこでナタリアと別れて、裏門から魔塔へと向かった。

 ナタリアは何も言わず、俯いたままだった。




 本来、裏門の先には草原が広がっているはずだったのだが、今や鬱蒼とした森が広がっていた。

 私は森に入ったところで、ずっと手を繋いでいたカルロへの配慮が足りなかったことに気がついた。


「カルロ、ごめん」


「……え?」と顔をあげたカルロの表情は部屋を出る前と違って機嫌が良さそうだった。


「せっかくナタリア様と会えたのに、カルロも一緒に庭を見たかったかな?」


 機嫌が良さそうな表情をしていたカルロの眉が少し上がり、その頬が膨らんだ。


「僕はリヒト様と一緒がいいです!!」

「そ、そう?」


 思った以上に強い口調で否定されて私は驚いた。

 今日のカルロの感情は乱高下が激しい。

 あまり余計なことを言わないように気をつけよう。


 私の手を握るカルロの手が先ほどよりもぎゅっと強くなった。


 小さな魔物の姿を何度か見かけながら魔塔に到着した。

 魔塔は私の魔力を感知して入り口を開いてくれる。

 中に入るとすぐに魔塔主の部屋へと到着した。


「思ったよりも随分と早く来てくださったのですね」

「昨日、私の存在を公表したので王族としての仕事が本格的に始まります。そうなるとなかなかこちらにも来られませんから」

「それでは、必要な時には私から会いに行かなくてはなりませんね」


 来るなと言ったところで魔塔主は傍若無人に行動するに違いない。


「会議中、貴族と会談中やパーティーの最中などはやめてくださいね」

「なかなか難しいことを言いますね」

「難しくなどないでしょう。私の勉強部屋に来て私がいなければ帰ればいいだけです」


 私の言葉に魔塔主は感心したように「なるほど」と言った。


「いつもリヒト様に会う時にはリヒト様がいるところを目指していたので、その発想はなかったです」

「私がいるところ?」


 私は首を傾げた。

 私が転移魔法を使う時は、場所のイメージを鮮明にして転移している。

 誰かを目印にしたことはない。


「正確にはリヒト様の魔力に照準を合わせています」

「そのようなことができるのですか?」

「先ほどのお話ですとリヒト様は場所を照準にしているようですね」


「そうです」と私は頷いた。


「向かいたい場所のイメージを膨らませて転移します。なので、一度も見たことがないところに行くことはできません」


 そのように魔法書にも書いてあるので、それが標準的な転移魔法だろう。


「目的の人物がいない場合にはそれでいいのですが、目的の人物がいる場合にはそれだと何度も転移して探さないといけませんので」

「目的に合わせて転移の照準を変えればいいわけですね?」

「はい。ですので、私に会いたい時にはいつでもいらしてください」

「用事がある時にはそうします。今日は魔塔主に会いに来てよかったです」


 これで、万が一にもカルロが攫われた時の対処法が一つ増えた。

 私の言葉に魔塔主は感動したようにその目を輝かせて私の頭を撫でた。

 転移の新しい方法を知れてよかったけれど魔塔主がうざったいのは変わらない。


「僕も転移魔法が使えるようになりたいです!」

「従者くんが使うのは無理ですね。転移魔法は光属性の魔法ですから」


 カルロの言葉を即魔塔主が否定した。

 私はカルロの頭を撫でて慰める。


「カルロが行きたいところには私が連れて行ってあげるよ」

「僕が行きたいのはいつだってリヒト様がいるところです!」


 カルロがなんとも可愛いことを言ってくれる。

 本当に、カルロには可愛さの際限というものがない。


「僕も転移魔法が使えたら、万が一逸れちゃった時でもすぐにリヒト様のおそばに戻れるのに」

「その時は私がすぐに探しに行くから大丈夫だよ」

「でも、万が一、リヒト様が気を失っていたら……」


 急に乳母が不穏なことを言ってカルロの不安を煽る。


「やっぱり僕も転移魔法が使いたいです!!」

「私も使いたいです!!」


 私の護衛騎士であるグレデン卿までそんなことを言い出した。


「特定の人物のところにすぐに行けるなんて護衛騎士ならば全員身につけておきたい魔法です!」


 これまでは特定の場所に行けるというのが転移魔法の常識だったから、護衛対象と逸れた場合には結局は探し回る必要があると思っていたのだ。

 それが護衛対象の魔力を認識しておくだけでその人物のところに行けるなんて非常に便利だ。


「他の騎士にもぜひこのことを伝えて……」


 そう言ったグレデン卿を私は止めた。


「グレデン卿、乳母もカルロも今知ったことを口外することを禁じます」


「どうしてですか?」とグレデン卿は不思議そうだ。


「万が一、光属性の暗殺者が知ったらどうなりますか?」


 そこで三人の顔色は一気に悪くなった。


「魔塔主、申し訳ありませんが……」


 私は魔塔主に命令をする権限は持たないため、お願いする他ない。

 それが受け入れられなくても非難はできない。


「もちろん、言いませんよ。事実、これまで公表しなかったでしょう?」


 確かに、魔塔主ならば論文の一枚でも書けばこの事実はあっという間に魔法使いたちの間に広まったはずだ。

 しかし、魔法書にはそのような記述はなく、知っている場所を照準にしかできないと書いてあった。

 魔塔主は悪事に使われることをわかっていたのだ。


「なぜ、私に教えてくれたのですか?」

「リヒト様は誰かを守るために使っても、危険な使い方はしないでしょう」


「それに」と言葉を続けた。


「危険な目に遭う可能性の方が高いですから。私以外の魔法使いが知っている可能性を考慮しておいてください」

「そのために教えてくれたのですね」


 これまで私は隠された存在で、噂で聞く程度の幽霊みたいな存在だった。

 だから、貴族たちも利用価値があるのか邪魔な存在となるのか判別するのが難しかっただろう。

 しかし、昨日のお披露目の場で貴族たちは考えたはずだ。

 私という存在が自分たちにとって都合がいいのか悪いのか、排除したいほど邪魔な存在となるのか。


 そして、これから情報が他国にも流れ、他国の王族たちも考えるだろう。

 新しく帝国に仲間入りしたエトワール王国は、友好を結ぶべき国なのか、蹴落とすべき国なのか。


 私は魔塔主にお礼を言って、勉強部屋へと戻った。






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