66 魔塔の引っ越し
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魔力の少ない者は強い魔力波に当てられて膝をつき、比較的魔力の多い者でも軽いめまいを覚えたようにこめかみのあたりに指先を当てたり、怪訝な表情をしている。
魔力も少なく、かつ体も小さい子供たちの中には気を失ってその場に倒れた子もいる。
「敵襲か!?」と大騒ぎになる会場内で原因に心当たりのあった私はカルロの手を握って壇上へと上がった。
拡声の魔導具がそこにしかないからだ。
「落ち着いてください。おそらく敵襲ではありません。何があったのか、すぐに報告が届くでしょうからそれを待ってください」
会場内の貴族たちの目が全て私に向けられている。
ふとオーロ皇帝と目が合った。
オーロ皇帝は当然誰よりも豪奢で派手な服装だし、体格もいいし、身にまとうオーラのようなものがその辺の貴族や王族とは違う。
そして、何より、具合悪そうにしている周囲の貴族たちとは違い、魔力波が伝わる前と変わらずに快活な様子だから目立つのだ。
私の両親も倒れてはいないものの、顔色はあまりよくない。
「倒れている子供たちは保護者がしっかりと保護してください」
休憩室を使わせてあげたいところだが、数が足りないし、万が一にも本当に敵襲だった場合には一箇所に固まっていた方がいいだろう。
「それと」と私は言葉を続ける。
「これが万が一敵襲だった場合、即戦闘状態に移行するにしろ、婦人と子供たちを避難させるにしろ、落ち着いた行動が必要になります」
まだ落ち着きを取り戻すことができずに我先にと逃げ出そうと会場の扉付近へと向かっていた複数の貴族たちを冷たく一瞥すれば、彼らは足を止め、その場に立ち尽くした。
その時、クックックッと笑い声が響いた。
オーロ皇帝だ。
拡声の魔導具はないが、シンッと静まり返った会場にその声はよく響いた。
「リヒトの言うとおりだ。これほどの魔力波を発生させることができるのはこの大陸でもあやつらしかおるまい。すぐに引越しの報告が来るはずだ」
オーロ皇帝の言葉通り、この問題を引き起こした人物は唐突に私の前に姿を現した。
「リヒト様、魔塔の引っ越しを完了しました」
宙に姿を現した魔塔主は私にそう言って、壇上に降りてきた。
「魔塔主、引っ越しは今日以降と伝えてありましたよね?」
しかも、何度も繰り返し伝え、それを魔塔主もしつこいと言っていたはずだ。
私の苦情に魔塔主は冗談でも聞いたかのように軽く笑った。
私は冗談を言ったつもりもなく、本当に怒っているのだが?
「リヒト様の誕生日を祝いたくて、気が急いてしまいました」
まったく悪びれない魔塔主の様子に私は深くため息をついた。
「魔塔には私から後日ご挨拶に伺いますので、本日はゆっくりとお身体を労ってください」
「私をパーティーに招きたがる王族の方は多いのですが?」
「私はそうではありません」
しかも、このような大問題を引き起こしておいて図々しい。
ふふふっと魔塔主は満足げに笑った。
そして、「あ!」とわざとらしく言う。
「魔塔の森も一緒に転移させたので、来る際には注意してくださいね」
森の転移に関しては前もって聞いていたが、どうやら成功したようだ。
ひび割れた魔石にかなり負荷をかけすぎているような気がするが、突然爆発したりしないのだろうか……
非常に心配になったが、魔塔の動力源についてこの場で言うわけにはいかない。
「では、リヒト様の来訪をお待ちしております」
そう言って魔塔主は転移魔法で消えた。
「あ、あの、リヒト殿下、魔塔はエトワール王国に場所を移したのでしょうか?」
魔塔主が消えた後、恐る恐るといった様子で私に声をかけてきた人物がどのような立場の者なのかはわからないが、身なりからして上級貴族だろう。
上級貴族ならば前もって父王から話があったはずだが、帝国にさえも屈することのない絶対的な存在である魔塔がこの小国に引っ越してきたことが信じられないのかもしれない。
私は彼に答える形で、会場内の貴族たちに告げた。
「魔塔は本日よりエトワール王国内、正確にはこの城の裏に転移しました。基本的には魔法の研究にしか興味がない魔法使いたちなので会う機会は多くないと思いますが、そのような機会があった際には丁重に接してください。彼らを怒らせた場合、一瞬で国がなくなりかねませんので」
いや、全く、迷惑な者たちが来てしまったと思いながらそう貴族たちに告げたが、貴族たちはワッと歓声をあげた。
「魔塔が味方になってくれるなら怖いものなどない!」
「エトワール王国は飛躍的に発展を遂げることができるだろう!」
そう嬉しそうに話す貴族たちが多いことに私は驚いた。
カルロも驚きの表情で彼らを見ている。
喜んでいる貴族たちはおそらく魔塔の力によって帝国が大きくなったと勘違いしている者たちだろう。
そして、そんな勘違いをしている貴族たちはどういうわけか魔塔主と対等に喋っている私はすごい王子と認識したようだ。
私としてはあまり目立たず、貴族たちにも地味な王子と認識されて今日の日を終了したかったのだが……
全ては魔塔主のせいだ。
魔塔が引っ越してきたことによる魔力波の影響で体調不良の者も出たし、一時は会場内は大きな動揺に包まれたわけだから、早々にパーティーを終了しようと思っていたら、魔塔主の登場で盛り上がった貴族たちは一向に帰る様子がない。
意識を失っていた子供たちも割と早く目を覚まし、体調を崩した大人たちも魔塔主が現れた興奮から先ほどよりも元気なほどだった。
むしろ、先ほど以上に私と話したがる者が多く、私は貴族たちに囲まれて作り笑いを続ける他なかった。
愛想笑いをし、話しかけてくる貴族たちに一言、二言返していると、急にカルロが私の手をぎゅっと強く握った。
どうしたのかとカルロを見ると、カルロの目に警戒の色が浮かんでいた。
そのカルロの視線の先を追うと、そこにはドレック・ルーヴがいた。
多くの貴族たちから声をかけられ、ライオスと言葉をかわし、ルーヴ伯爵の猿芝居を見ることになり、魔塔主が現れてと、想定以上に忙しなくてドレック・ルーヴへの警戒心が薄れていたところだった。
私は思わず緊張で顔が強張り、カルロの手を強く強く握り返した。
ゲームの中ではカルロに無体を働く悍ましいキャラクターだったが、今はまるでカルロには興味がないように振る舞っている。
ちらりともカルロへ視線をやる様子はなく、ドレック・ルーヴは私のことを探るように見ている。
王子である私と視線が合えば普通はすぐに相手が名乗るものなのだが、ドレック・ルーヴはすでに私が彼を知っていることを知っているかのように名乗ることもなく微笑んでいた。
「……其方は?」
7歳の王子 リヒトは彼のことなど知る由もないから、私は知らないふりをして彼に聞いた。




