65 お披露目 03
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会場に戻ればめざとく私を見つけた貴族たちが声をかけてきた。
今度は壇上の上ではなく、会場内で貴族たちと交流を交わすのが私の仕事だ。
私は愛想笑いを振り撒きながら、会場内で両親とオーロ皇帝を探したが、それぞれに貴族たちに囲まれていてすぐに位置を把握できた。
ちなみに、オーロ皇帝のそばにいると思っていたナタリアはきちんと一人で社交をこなしているようだった。
もちろん、補佐としてナタリアの乳母は後ろに控えているが、立場上、乳母が会話を誘導するようなこともできないため、ナタリアは自身の力で社交を行っているのだ。
さすが帝国のお姫様だ。
「先ほどの演説、ご立派でした」
「佇まいはすでに一人前の王太子のようでしたな」
そんなお世辞を言う大人たちに私は上っ面の礼を述べる。
私と年の近い子供を連れてきている貴族たちは少しでも私と近づきになろうと子供をダシに使う。
その中に保護者をつけずに行動している少年がいた。
「リヒト様、お初にお目にかかります」
端正な顔立ちに、少年にしては落ち着いた声音で彼は言った。
「僕はライオス・ティニです」
その名前に私は警戒心を強めた。
「元ティニ公国の関係者の方でしょうか?」
周囲の大人たちはざわめき、厳しい眼差しを少年に向けた。
そのような大人たちの視線の中でも彼は怯むことなく優雅な微笑みを崩さない。
「7歳のお誕生日おめでとうございます。そして、元ティニ公爵閣下の悪事を正してくださったことを感謝しております」
先ほどのエトワール王国がルシエンテ帝国の傘下に入るという調印式の際に、元ティニ公国の領土はオーロ皇帝よりエトワール王に譲渡された。
下賜したという形式をとっていたが、要するに帝都からは遠くて管理しづらいので任せたと放り投げられたに過ぎない。
「ライオス様はエトワール王国を恨んではいないということですか?」
「恨んではおりません。できれば私の手で叔父である元ティニ公爵を失脚させたかったとは思いますが」
「確か、元ティニ公爵の前は元ティニ公爵のお兄様が公爵で公国の統治者だったと記憶しています」
そして、弟が兄を暗殺したという噂も流れていたはずだ。
ライオスは元ティニ公爵に両親を奪われたのかもしれない。
「リヒト様はまだ幼いのによくご存知ですね」
「元ティニ公国は隣国ですし、エトワール王国が帝国傘下に入った本日からは元ティニ公国の管理はエトワール王国に任されましたので元ティニ公国の歴史は基礎知識です」
ちなみに、元ティニ公国の新しい名前はこれからエトワール王国側で決めることになる。
私としては簡単にティニ地方とかでもいいと思うのだが、前統治者の名前を残すのは良くないという意見が出るだろうことは予測できる。
おそらく、分割してエトワール王国内の貴族に領土として与え、その貴族の名前で呼ばれることになるだろう。
ライオスはきっと元ティニ公国の代表として来たのだろう。
ティニ一族はオーロ皇帝によって爵位を侯爵に下げられたはずだが、両親がおらず、後見人であったはずの元ティニ公爵は現在はオーロ皇帝の城の牢に入っているはずだ。
ライオスが現在はどのような生活をしているのか聞いてみたかったがこの場にはエトワール王国の貴族が沢山いる。
あまりそのようなことを聞くべきではないだろう。
「ライオス様はどちらに滞在しておられるのですか?」
どれくらいの日数こちらに滞在するのかはわからないけれど、後で滞在先に使いの者を出してお茶にでも誘って現状を確認しようと思ってそう聞いたのだが、ライオスの表情が固まってしまった。
どうやら、私は余計なことを聞いてしまったようだ。
元ティニ公国からはヴェアトブラウの慰謝料としてそれなりの額をもらっている。
ライオスが元ティニ公爵の一族だったとしても予算にそれほどの余裕がなければ一般的には貴族が使うことのない安宿に泊まるしかないだろう。
もしくは、その宿代さえも惜しんで盗賊や魔物に襲われる危険性が高まる夜に蜻蛉返りしなければいけないのかもしれない。
そのどちらにせよ、このような大勢の貴族の前で答えられることではない。
そして、まだ幼い彼はさらりと嘘を言えるほど社交界に馴染んでもいない。
「ああ、そういえばライオス様は城に滞在予定でしたね。失念していました」
私が少し蔑むような笑みでそう言うとライオスはその目を見開いた。
以前の私ならば子供らしい無邪気な笑顔で嘘をついたかもしれないが、それではオーロ皇帝のような人は騙せない。
私がライオスを城に招いておいて、わざと滞在先などを聞いて元ティニ公国の者を困らせたと思わせた方が嘘はバレないだろう。
「こ、この度はお招きいただきありがとうございます。リヒト王子にはまた後ほどご挨拶に伺います」
おそらく、私が何か話があって滞在先を訪ねたことを察したライオスはそのように頭を下げて立ち去った。
その後はまた貴族たちの子供が次々と紹介されたが、正直、覚え切れるものではない。
中身52歳の私は前世で子供好きというわけでもなかったし、カルロ以外のことなどどうでもいいので、子供たちの相手をすれと言われても困る。
どちらかというと大人たちとこの先の政策の話をしていた方が学びは大きく気がラクな気はしたが、そんな7歳はいないということもわかるため、作り笑いを維持することに神経を集中した。
そうして苦行に耐えていると、「おお! 我が息子、カルロ!!」と、大仰な声が聞こえた。
私ではなくカルロに声をかけたのはどことなくカルロに似た華奢な男だった。
ドレック・ルーヴではないし、一体何者だろうと思ったら、乳母がカルロの前に出た。
「カルロは今はヴィント侯爵家の者です。あなたの息子でもなければ、そのように気軽に声をかけてもいい者ではありません」
この華奢な男はカルロの父親であるルーヴ伯爵だったようだ。
私はルーヴ伯爵と直接会ったことはないし、見たこともなかった。
しかし、ゲーツから容姿などの情報は得ていた。
その情報によると小太り体型だったはずだ。
少なくともカルロがヴィント侯爵に引き取られた頃までは。
しかし、領地を没収された後は弟のドレック・ルーヴの事業を手伝っているという情報を聞いて以降、追加の調査は頼んでいなかった。
ドレック・ルーヴの動向は引き続き探ってもらっていたが、その報告書にカルロの元父親の情報はなかった。
だから、こんなに痩せているとは思いもしなかった。
おそらく豪華な食事ができなくなったことにより痩せたのだろう。
この見た目なら再婚できるのではないだろうか?
仕事ができなくても見目がよければそれでいいという裕福な女性や年配の女性にはウケるのではないだろうか?
カルロの面立ちに似ているのは若干複雑だが、カルロ本人ではないし、カルロを蔑ろにしていた親なので正直どうなったところで私には関係ない。
そんな酷いことを考えていると、男がふてぶてしい態度で言った。
「ヴィント侯爵は親子の再会に水をさされるのですかな?」
下卑た笑いをするとカルロの顔とはまるで別物になった。
性格とか品性というのはとても大切なものなのだと再確認する。
「侯爵であるわたくしになんですか? その態度は?」
「そのように過剰に反応される必要はございません。私はただ、無理に引き裂かれた息子に会いたかっただけです」
この陳腐な小芝居を見るために野次馬が集まり始めた。
私は野次馬たちに私の可愛いカルロを晒す気はない。
「領地運営を蔑ろにし、守るべき自身の家族を蔑ろにした者に割く時間はありません」
私はルーヴ伯爵と乳母の間に割って入った。
「領地だけを取り上げて爵位を取り上げなかったのは温情でしたが、不要だったようですね」
私の言葉にルーヴ伯爵の表情が強張り、顔が青くなっていく。
私は冷たい視線のまま、野次馬たちをぐるりと見回すと、私に紹介したい子供がいるわけでもないのに集まったただの野次馬たちは早々にその場を去った。
そして、空気が読める貴族、まだ私に自分の子供を紹介できていない者たちはルーヴ伯爵を押し除けるようにして前へと出てきた。
そう。私が不要だと判断したものは周囲がきちんと排除してくれなければ困る。
場の空気が私への子供たちの紹介へと戻っていった時、急に強い魔力波を感じ、その場の貴族たちがどよめいた。




