60 謝恩会 前編
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夕食の時間になり早めに食堂へ行くとメイド長と執事長にお願いしていた通りに食堂が整えられていた。
テーブルはいつもと変わらずに真ん中にあり、料理が次々と並べられていっている。
椅子は両親と私の分以外は全て壁際に置かれている。
本当は両親の椅子だけ会場が見渡せる位置でとお願いしたのだけれど、王子である私の席まで外すことができなかったのだろう。
部屋で休んでいた帝国までの随行者たちが徐々に食堂に集まってきた。
テーブルに料理が並べ終わる頃には困惑した表情の随行者たちが食堂に揃い、私の両親である王と王妃も揃った。
両親には前もって説明していたので、随行者たちの姿に驚くこともなくその表情は穏やかだ。
「約一年を通しての随行、ありがとうございました」
私は皆が集まったのを確認して彼らに呼びかけるように言った。
「皆さんは私がいない中でひと月以上も旅をして帝国まで来てくれました。その後も慣れない土地で私の身の回りの世話をしたり、護衛をしてくれました」
私は緊張で表情を固くしている随行者たちを見渡す。
「そんな皆さんに私は心から感謝しています。今宵はせめてものお礼です。立食ですので、マナーなど気にせずに自由に食べてください」
私の言葉が終わると父王と母上が椅子から立ち上がり皆にお礼を言って乾杯した。
両親には特に何もお願いしていなかったのだが、完璧な演出だった。
最初は戸惑っていたメイドや騎士たちだったが、乳母やグレデン卿が率先して皿を手に取り、料理を選び始めるとそれに続く者が増えた。
ちなみに、屋敷に残っていた者たちには前もってお土産を配ってお礼を述べておいた。
随行してくれた者だけを優遇すれば軋轢を生むかもしれないと思ったためだ。
ひと月旅をして帝国まで来てくれ、慣れない土地で一年近くも過ごしてくれたのに、戻ってきたら仕事がやり難くなったというのではあんまりだろう。
「このような宴会の根回しまで帝国で学んできたのかい?」
父上にそのように言われて私は曖昧に笑った、前世の社会経験の中で学びましたとはとても言えない。
「メイドや使用人たちが同僚の宴会の準備を快くできるように前もってお土産も渡していたようですし」
やはり、細かい点は母上の方がよく気づくようだ。
「リヒトはもともと賢かったが、帝国でさらに成長し学びを深めたようだな」
「ますます親離れが早まってしまったのではないかと少し心配ですけれどね」
親バカな両親が早めに子離れしてくれることを私は願った。
中身52歳の私にとってはまだまだ若い両親に対してずっと赤ちゃんプレイというか幼児プレイをしているようでいたたまれない思いなのである。
正直、私の中身より若者である両親よりも年上であるオーロ皇帝と話している時の方が気がラクだったりする。
中身も体の年齢もオーロ皇帝は私よりも年上だったから頼りやすかったし。
「あの、リヒト様……」
控えめな声をかけられて声の方へと視線を向けるとそこには私の専属メイドたちが立っていた。
私の専属メイドになれるのは乳母が選んだ人間だけで、それほど人数が多くないため、彼女たちは全員、帝国まで随行してくれたのだ。
「このように我々まで労っていただき、ありがとうございます」
口々にお礼を述べるメイドに私は微笑む。
「先ほどもお伝えいたしましたが、感謝しているのは私の方です。慣れない帝国での生活は大変だったでしょう?」
「そんなことはありません」と一人のメイドが首を横に振った。
「帝国のお城のメイドさんたちの中には小国の私たちのことを見下す人たちもいましたが、そうした人たちとはすぐに会わなくなって、数日で親切な人たちとばかり一緒に仕事ができるようにメイド長が気を遣ってくださっていたようなので、働きやすかったです」
あー、それは、退職されたということだろうか……
きっと、オーロ皇帝が一年間自身の側で勉強させると決めた私の世話をするメイドたちに対しての態度を見て、オーロ皇帝の判断に異を唱えるなどと理由づけして辞めさせたのだろうな……
小国の王子のせいで退職させられた者たちには申し訳ないが、彼女たちを守ってくれたことに関しては改めてオーロ皇帝にお礼を伝えておこう。
「リヒト様!」
私が改めて専属メイドの彼女たちを労っていると、護衛騎士として随行してくれた者たちが声をかけてきた。
「このような場を設けてくださってありがとうございます!」
「騎士の皆さんもありがとうございました。帝国に行く時の道中や城での護衛も大変だったでしょう」
「行きではリヒト様をお一人で帝国に赴かせてしまったと焦りましたが、帝国の騎士たちは騎士道精神の強い者たちが多く、学ぶことが多かったです」
お一人でとは言うけれど、決して一人ではなかったので、やはり私よりも彼らの方が大変だっただろう。
そういえば、帝国の騎士たちとは私はあまり接触する機会がなかったな。
「帝国の騎士たちと手合わせはしましたか?」
個々人の才覚はともかく、訓練内容や団体での機動力などは帝国の方が優れているだろう。
「騎士たちとは手合わせしませんでしたが、オーロ皇帝とはしました!」
騎士の言葉に私と父王は思わず「「は?」」と声を漏らした。
「オーロ皇帝はリヒト様のことを非常に気にかけているようで、リヒト様の護衛騎士ならばもっとしっかりしろとお叱りを受けました」
「オーロ皇帝は非常にお強くて、我々が束でかかっても全く敵いませんでした!」
「オーロ皇帝が帝国騎士団の騎士団長を我々の指南役にしてくれて訓練していただきました!」
あのおっさん、一体何をしていたんだ!?
ありがたいことなのだが、帝国騎士団側としてはだいぶ混乱したのではないだろうか?
まだ帝国傘下に入ってもいない小国の騎士たちを鍛えるように指示するなど、普通は絶対にしないだろう。
「リヒト、お前、まさか……」
「オーロ皇帝の養子になるという話が出ているのではないでしょうね?」
両親の声が震えている。
「そのようなことはございません」
私は両親を安心させるようににこりと微笑んだ。
養子や皇帝の孫との婚約の話が出ていたなどと知られたら、無用な心配を両親にかけることになる。
しかし、ずっと私のそばに立っていたカルロが暗い眼でボソリと言った。
「リヒト様をナタリア様のお婿になど絶対にさせません」
父上は愕然とした表情をし、母上はめまいを起こしたようで侍女に体を支えられていた。
「お、お肉! お肉のお味はどうですか!?」
私は急いで話題を変えた。
「「「とても美味しいです!」」」
私の早々に話題を変えたいという空気を読んだ数名の騎士たちが声を揃えて絶賛してくれる。
「父上も母上も食べてみてください」
私がまだ前菜のあたりを食べていた両親にそう言って、意識を料理に向かわせようとしたのだが、どこにでも空気の読めない者というのはいるもので……
「帝国で初めてステーキを食べた時にはそのおいしさに驚きましたが、エトワールのステーキもなかなか悪くないですね!」
それは帝都の鍛冶屋通りで買った包丁で切ってもらったから、おそらく素材の味を落とすことなく調理できたのだろうが……今はそんな詳細な感想は必要ないんだよ!
また父上と母上が落ち込んでしまっただろう!!?
空気の読める周囲の騎士たちが余計なことを言った騎士を引きずるようにして連れて行った。
「カルロ」と父上が珍しく直接カルロに声をかけた。




