54 保護魔法の落とし所
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「にーちゃん」
倉庫の入り口に私とカルロよりも年下の子供が立っていた。
おそらく、4歳くらいだろうか?
先ほど出迎えてくれた一家の中で一番年下の子だろう。
「とーちゃんが、まどーぐのいた、もってこいって」
やはり、運搬用の魔導具は普段、『魔導具の板』と呼ばれているようだ。
宙に浮くということ以外はどう見てもただの板なので仕方ないだろう。
「ああ、わかった」
ディエゴは魔導具の板全てに魔石をはめて、板の穴に紐を通して、板を全て繋げた。
それから足元に来ていた子供を板の上に座らせる。
「坊ちゃんたちも乗るか?」
ディエゴの言葉に私は首を横に振って断ろうとしたが、カルロの目がキラキラしていることに気づいて乗せてもらうことにした。
私とカルロも板の上に乗ると、ディエゴは板に繋がった紐を持って農場の方へと歩き出した。
紐に引っ張られて、宙に浮く板は前進する。
ディエゴはかなりの大股だったから、私とカルロも板に乗せてもらって正解だった。
私たちが倉庫で話し込んでいる間に、キャベツの収穫はかなり進んでいた。
本来ならば一つ収穫するたびに運搬用の魔導具の板にキャベツを乗せればよかったのに、私たちが話し込んで魔導具を持ってくるのが遅れたために、収穫だけが先に進んでしまったのだ。
私は仕事の邪魔をしてしまったお詫びに魔塔主に頼んで、キャベツを持ち上げて運搬用の魔導具に乗せてもらった。
農夫の一家はとても喜んでくれた。
魔導具の説明をしてくれたディエゴは「この魔導具も欲しい」とじっと魔塔主を見ていた。
確かに、魔塔主が喋らない魔導具だったらとても便利だったかもしれない。
しかし、国を一つ滅ぼすことなど容易いとされ、実際、大国の半分を燃やし尽くした過去のある魔塔主と同じ能力を持った魔導具などあったら危険すぎて封印するしかないような気もする。
「ところで」と、魔塔主がキャベツ畑を見渡しながらディエゴに声をかけた。
「倉庫に監視の魔導具の試作品が置いてありましたが、あれは使っていないのですか?」
「俺も使いたかったんだが、父さんが怖くて使えないって」
「せっかく作ったのですから使いなさい」
横暴な魔塔主の言葉に私は慌てる。
「クロイツ! そんな言い方では顧客との関係性が悪くなりますよ!」
研究には費用がかかるだろうに、魔塔主は営業の心構えが全くなっていない!
魔法使いとしては私は魔塔主の弟子だが、営業経験という意味でなら先輩にあたるだろう。
私は魔塔主を教育すべく、ふんすっと鼻息を荒くしたのだが、どうにも周囲の視線が気になって周りを見回した。
すると、近くで作業をしていた農夫と農夫の奥さん、その子供たちがこちらを見ていた。
「……どうしましたか?」
私が聞くと、少し青ざめた農夫が恐る恐るといった様子で言った。
「い、今、クロイツと……」
しまった!
テル王国はローゼンクロイツという大魔王に国土の半分を燃やされた過去があり、クロイツという名前は禁句だった!
「だ、大丈夫です! かつてこの国を燃やした魔法使いとは別人ですから!」
私の言葉に農夫一家はあからさまにホッと胸を撫で下ろした。
ローゼンクロイツがこの国を燃やしたのは百年も前の話なのに、ローゼンクロイツはこの国の人々の記憶に『恐怖』としてしっかりと刻み込まれているようだ。
「それよりも、監視のカメラが怖くて使えないとはどういうことですか?」
不安があるのならばその不安を取り除く必要があるだろう。
商品開発において、顧客の意見をしっかりと聞くことはとても大切だ。
「あまりにも高価すぎて、盗難の恐れがある」
「しかし、そのようなことがないように魔導具にも保護魔法が付いていますよね?」
「それに関しても父さんは恐れていた」
保護魔法が付いていることを恐れるというのはどういうことだろう?
「魔塔の魔導具の保護魔法といえば、腕が吹っ飛んだり、半身が吹っ飛んだり、頭が吹っ飛ぶというものだろう?」
保護魔法というより、ほぼ攻撃魔法ではないか!?
防御魔法だとしても、過剰防御すぎる!
「それだと、盗人の血でキャベツが汚れてしまう」
「そこですか!?」
私はディエゴの言葉に思わずツッコんだ。
私のツッコミにディエゴがとても不思議そうに私を見た。
「生産物を汚されては困るだろう? 血糊の着いたキャベツなど誰も食べたがらない」
それはまぁ、そうなのだが……
「しかし、こそ泥を完全に無力化した方がいいと思いますが?」
「クロイツ!」
私が魔塔主の名前を呼ぶと、やはり農夫一家がびくりと体を震わせた。
先ほど別人だと説明したはずなのだが、もはや条件反射なのだろう。
「無力化の方法に問題があるのです。眠らせるとか、気絶させるとか、せめて骨折で済ませるとか他の方法に魔法陣を書き換えましょう」
「しかし、途中で起きたりしたら面倒ではないですか?」
「一週間くらい眠らせれば発見、憲兵到着、捕縛、収監まで十分じゃないですか?」
私の言葉になぜかハンザスが慌てた。
「一週間も眠らせては、流石に死んでしまうのではないですか?」
「体力のある者なら生きてるでしょう。きっと」
盗人なんて家業をしているのなら、きっと体力もあるはずだ。きっと。
農夫に確認したところ、眠っている程度ならば怖くないし、キャベツも汚れないから大丈夫だという。
そして、ハンザスの熱のこもった説得により、眠り続ける期間は三日となった。
「僕はリヒト様の案が一番カンペキだと思います!」
そうカルロが可愛く私を擁護してくれた。
結局、動く魔導具は浮遊する板しか見ることができなかったが、監視の魔導具や転送の魔導具のような高品質の魔導具は魔塔にしか作れないということがわかった。




