53 農業用魔導具
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フウィ王国で農作業のための魔導具を見ることができればよかったのだが、果物の生産は果実を傷つけないように丁寧に行う必要があり、魔導具では行えないそうだ。
ということで、私は再びテル王国を訪れた。
今回はハンザスが前もって農家に見学の依頼をしてくれていた。
ルシエンテ帝国の貴族のご子息が魔導具研究の勉強のためにお忍びで見学をしたいと。
依頼している時点でお忍びではなかったが、お忍びだから仰々しく出迎える必要はないという方便である。
前回のように貴族であることを疑われて魔塔主が農場を燃やしかねない事態になると面倒なので、今回はハンザスが依頼をした農夫と農場の入り口で待ち合わせをし、その場所に転移魔法で現れた。
その結果、農夫一家をものすごく驚かせてしまい、一番高齢の農夫は腰を抜かしてしまった。
前世でも農家は一家揃って行っていた印象はあったが、農場の入り口で待っているのは農夫一人だと思い込んでしまっていたから、家族総出で出迎えられて私たちも少し驚いた。
しかし、すぐに腰を抜かした農夫への心配が驚きを上回り、私は魔塔主にお願いして農夫に治癒魔法をかけてもらった。
私が治癒魔法をかけてもよかったのだが、子供が魔法を使っていたなんて変な噂が広がるのは避けたかった。
「驚かせてしまってすみません」
素直にそう謝罪すれば、農夫は「いえいえ」と手を横に振ってくれた。
「むしろ、貴重な魔法で腰の治療をしてもらってありがたいことです」
農夫もその家族もとても恐縮していたが、腰を抜かすほど驚かせてしまったのはこちらだ。
これまでは目立つことや魔法を使えることを知られないように路地裏などに転移していたが、これからは目撃者が驚きのあまり腰を抜かしてしまうことも考慮すべきだということがわかった。
「本日は農作業用の魔導具が実際に稼働しているところを見学させてほしいのですが」
ハンザスの言葉に農夫が一人の男性に視線を送った。
「倅のディエゴが案内します」
よく焼けた肌の体格のいいディエゴは全く似合っていない麦わら帽を被ったまま、無表情で頭を少しだけ下げた。
「すみません。愛想はありませんが、魔導具のことは一番わかっていますので」
「そうですか」と答えながらもハンザスは少し動揺して私に視線を向けた。
こんなに愛想のない男で大丈夫かという心配がその表情に浮かんでいた。
「私は問題ありません」
人によっては愛想の悪さが失礼だと感じる者もいるかもしれないが、私は別に気にしない。
むしろ、魔導具に一番詳しい者を案内役に用意してくれていた農夫に感謝している。
「よろしくお願いします」
微笑んでそう言えば、寡黙なディエゴはこくりと頷いた。
「こっちだ」
ディエゴが歩き出したので、私たちも後をついていく。
農場の中に入るのかと思いきや、農場近くの倉庫へと向かう。
倉庫には厳重に複数の鍵が掛けられていた。
複数の鍵を全て開けて重厚な扉を開くと、倉庫の中には大量の肥料や鍬などの農機具があり、倉庫の奥には広い板のようなものがあった。
ディエゴはその板に近づくと窪んだところに魔石をはめた。
魔石をはめた板は振動して宙に浮いた。
どうやら、風魔法が付与されているようだ。
「それも魔導具なんですね」
私の言葉にディエゴは頷いた。
見た目はただの板のように見えるが、どのようなことができるのだろか。
内心ワクドキで見ているとハンザスがディエゴに話しかけた。
「これは収穫した作物を運搬する魔導具ですか?」
ディエゴは頷いてハンザスの知識が正解であることを示す。
「収穫したキャベツをこの上にどんどん乗せていくんだ」
魔導具の説明をするディエゴの目が心なしか輝いているように見える。
「この運搬用の魔導具を使うようになってから収穫がすごくラクになった。前は収穫する者と回収する者が別々にいて、時間も人手も今以上にかかっていた」
魔導具がなかった時の大変さを知っているからこそ、ディエゴは魔導具の素晴らしさをよく理解しているのだろう。
「収穫用の魔導具はどれですか?」
私はディエゴに聞いた。
先ほどから運搬用の魔導具の周囲を探しているけれど、それらしいものを見つけることができない。
前世の収穫機だと人が乗り込んで操作するためにどうしても大きくなるが、この世界の魔導具の動きは全て魔法陣に書き込み、動力源となる魔石を入れることで稼働するから、それほど大きいサイズでなくてもいいはずだ。
刃を取り付けてそれが動いて収穫するのならばそれなりのサイズとなるかもしれないが、風魔法や水魔法を使っての収穫ならばサイズはかなり抑えられるのではないだろうか?
しかし、子供でも簡単に動かせるとなると怪我をする恐れもあるから、もしかするとわざと大人にしか扱えないようなサイズになっている可能性もある。
そんなことを色々と考えながら倉庫の中を見回しても収穫する魔導具だと一目でわかるようなものはない。
そして、不思議なことに、先ほどまで運搬の魔導具について語っていたディエゴが不可解を表した眼差しをこちらに向けてくる。
「収穫用の魔導具というのはこの国では見たことがない。ルシエンテ帝国にはあるのか?」
逆にディエゴにそのように聞かれてしまい、困った私はハンザスを見上げた。
「どの資料にも収穫用の魔導具については書かれていませんでしたが、何かの本で見たのですか?」
ハンザスの言葉に私は首を横に振った。
「収穫は非常に大変な作業ですから、当然、魔導具があるものだと思って聞いたのです。思い込みで聞いてしまい、すみません」
「いや」とディエゴは言う。
「坊ちゃんの言うとおり、収穫はとても大変な作業だ。魔導具があるのならば助かる。だが、王宮魔導師でも収穫のための魔導具を作るにはまだまだ研究が必要だと聞いている」
ディエゴの視線が魔塔主に向けられた。
「魔塔の魔法使いが協力してくれればいいのだが、魔塔には断られたそうだ」
魔塔主のことは紹介してはいないが、先ほど農夫を治療してもらったし、高度な転移魔法を使って農場に現れたために最上級の魔法使いだと認識しているのだろう。
「監視の魔導具の製作は引き受けたのにですか?」
言葉はディエゴに向けたものだったが、私も視線は思わず魔塔主に向けてしまう。
魔塔主は肩をすくめて答えた。
「収穫の魔導具など風魔法か水魔法を使えばいいだけじゃないですか? 単純で面白みがありません」
私としては魔法陣はとても単純だし、魔導具を作る素材も貴重なものは必要ないのだから作ってやればいいのではないかと思ったのだが、魔塔主としては単純で面白みのない依頼はやりたくないようだ。
「収穫の魔導具を作るのは簡単なのか? それならなぜ、王宮魔導師はまだ作れないなどと嘘をついたのだ?」
「嘘ではないと思いますよ!」
私は慌てて会ったことも見たこともないテル王国の王宮魔導師を弁護した。
「魔法使いには魔力量や属性、属性との親和性などによってレベルがあるのです」
「だが、王宮魔導師は上級魔法使いだろう?」
「一般的に魔法使いのレベルは低級、中級、上級と区別されますが、上級の上があるのをご存知ですか?」
ハンザスの言葉にディエゴは「上級の上?」と不可解そうに眉間に皺を寄せた。
ハンザスは一つ頷き、ディエゴに答えを与えた。
「上級魔法使いを遥かに凌駕する存在、それが魔塔の魔法使いです」
魔塔は、正真正銘、魔法使いの最高峰なのだ。
ディエゴはしばし眉間に深い皺を刻んだまま考えていたようだが、しばらくするとこくりと頷いた。
「つまり、王宮魔導師に収穫の魔導具を作ることは無理ってことか? それなら期待するのはやめておく」
ディエゴはどうやら理解して頷いたのではなく、理解することを諦めたようだ。
私とハンザスが言いたかったことは、王宮魔導師では収穫の魔導具は作れないということではなく、魔塔が簡単だと評するものでも、上級魔法使いには時間がかかるというだけのことだったのだが……




