52 魅惑の果実
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次にハンザスと魔塔主に連れて行ってもらったのは果物の生産が盛んなフウィ王国だった。
収穫の体験ができれば嬉しかったのだが、前世のように自分たちで収穫させてくれるところや果樹園で直接購入できるようなところはなかった。
この世界の人たちは光属性の魔法使いで、さらに高度な魔法が使える者でなければ転移魔法は使えないし、基本は徒歩か馬車での移動のため、休日にちょっと果樹園へなんてことができないためだ。
そんな基礎的なことも忘れて収穫体験したいとかちょっとウキウキしていた自分が情けない。
収穫体験どころか、果樹園内を見てまわっていたら農夫さんに見つかって怒られた。
広い農村とは言っても周囲に住む人々は皆顔見知りなので、私たちのような部外者のことはすぐにわかるらしい。
さらに、盗賊国家の噂が広がっているため、部外者への警戒心が強まっていて、農夫さんは我々を捕らえて警備兵を呼ぶ勢いで憤慨していた。
仕方なくハンザスが身分を明かして、貴族の坊ちゃんたちの勉強のために見学に来たのだと説明した。
それでも最初は農夫は疑っている様子だった。
何せ、我々は豪華な馬車に乗ってきたわけでもなく、果樹園に勝手に侵入していた不法侵入者なのだ。
身なりだってお忍びのつもりだったから商家の者が身につけるような服だった。
これは警戒心が払拭できなくても仕方ない。
「えっと、我々はですね……」
ハンザスがさらに説明をしようとした時、魔塔主がパチンッと指を鳴らして、右手の人差し指に小さな炎を生み出した。
そして、魔塔主は私の背に手を添えて微笑んだ。
「私はこの方の護衛です。この方に何かしようというのなら……」
魔塔主の微笑が深まる。
「燃やしますよ?」
農夫の顔が一気に青ざめた。
具体的に何を燃やすとは魔塔主は言わなかったが、果樹園に燃えるものなどたくさんある。
果樹園を燃やせば彼は財産の90パーセント以上を失ったも同じことではないだろうか?
さらに、どこまでが彼の果樹園かわからないが、魔塔主が範囲を気にして火を放つとは思えない。
他の農夫の果樹園まで燃やされれば、恐ろしい魔法使いを怒らせて農村に多大な被害をもたらせたとして彼が村から追い出される可能性だってある。
彼に同情して魔法使いや我々に怒りの矛先を向けてくれる正しき者もいるかもしれないが、人間は弱いものだ。
恐ろしい魔法使いに目をつけられることよりも立場の弱い農夫を糾弾する方を選ぶ者の方が多いだろう。
農夫がどこまで想像したのかはわからないが、真っ青な顔になった農夫は一転、我々に深々と頭を下げて謝った。
「そんなに謝らないでください。勝手に敷地内を歩き回った私たちが悪かったのですから」
私の言葉に農夫の目に涙が浮かんだ。
一般的には農夫が貴族を怒鳴りつけるなど、その場で護衛に切り捨てられても不思議ではなく、魔塔主が実際に火を放ったところで、この国の王や貴族たちが農夫に味方することはない。
「坊ちゃん、怒鳴ってしまったりして、本当にすまなかった。お許しください」
恐怖と期待に満ちた眼差しを向けられて、私は内心、これは押せばいけるのではないかと思った。
「あの、この時期に収穫できるような果物はありますか? 勉強として、収穫体験がしてみたいのですが」
収穫したものは失敗したものも含めて全て買い取ることを約束すると、農夫は恐縮しつつ、すぐさま案内してくれた。
「こちらです。この時期、この果物が一番甘く、この辺の子供たちのおやつなのです」
見た目は前世のアケビに似ている果物だ。
クピアという名の果物なのだと農夫は教えてれた。
「これは非常に柔らかくて繊細な果物なので、この地域から他へと出荷することができないんです。ここでしか食べられないものですから、ぜひ食べてみてください」
そう農夫は説明しながらアケビのような見た目の果実、クピアの茎を園芸用のハサミで切り、収穫の仕方を見せてくれた。
皮は薄く、実が非常に柔らかいために果実を重ねることもできないし、長距離を運ぶこともできないそうだ。
商業ギルドには短時間で物を転送する魔導具もあるが、その魔導具は作動時にわずかに振動するらしく、その振動で薄い皮に亀裂が入り、亀裂からどんどん悪くなってしまうため、転送することもできない。
だから、この果物は農村の者たちだけで食べるのだという。
そのような説明をしていた農夫が急に「あ!」と声を上げた。
「ここの者はかぶりついて食べるのですが、お貴族様は皿やスプーンがいりますよね……」
農夫が恐る恐るそんなことを聞いてくるので、私は笑って必要ないと答えた。
元々いちご狩りのようなことがしたいと思っていたのだから、この状況は大歓迎だ。
熟したものの見分け方を聞き、私たちは早速収穫と同時に食べる。
念の為、洗浄魔法で洗うことは忘れない。
柔らかい実だから洗浄のための水の出現のさせ方も気をつける。
水属性を使えないカルロとハンザスの実も私が洗う。
洗った果実を皮ごと齧り付く。
色の濃い紫の皮の中にミルクプリンのようなとろとろの果肉が詰まっており、香りは洋梨に近かった。
とろとろの実が一気に口の中に広がり、それと同時に洋梨のような香りと濃厚な甘味が広がる。
前世の日本のように品種改良されていないこの世界の果物で、ここまで甘いものを味わうことができるとは思ってもみなかった。
「すっごく美味しいです!」
農夫に私がそう言うと、カルロもこくこくと頷いた。
「まさか、これほどまでに美味しい果物があるとは……」
ハンザスも感動していた。
しかし、偏食が激しい魔塔主だけはまだ警戒の目で果実を眺めていた。
「クロイツもこれは好きだと思いますよ」
私の一言に、魔塔主は小さな一口でクピアに齧り付いた。
そして、すぐに大きな口で二口目を食べ、三口目で一つの果実を食べ切った。
「これは素晴らしいです! 全て買って帰りたいです!」
魔塔主の言葉に農夫がギョッと目を見開き、少し青ざめた。
隣の領地にさえ売ることが出来ない繊細な果物をそれほど多く作っているわけがない。
それに、先ほど、クピアは農村の者たちのおやつだと聞いたばかりだ。
特に、子供や女性たちにはこの果物が好物の者も多いだろう。
「ダメですよ!」と私は魔塔主に言った。
私の言葉に農夫の目が期待に輝く。
「これはここの人たちの貴重な甘味ですよ。奪ってはいけません」
「では、今、たくさん食べていきます」
魔塔主は早速二つ目のクピアを風魔法で切った。
指先に魔力を集中させてスパッと切っていたが、そのような繊細で高度な魔法で収穫せずとも、ハサミを使えばいいと思うのだが、魔塔主にとってはハサミよりも手間がないのだろう。
「農夫さん、彼のそばについていてください。これ以上食べられたら困ると思ったら、教えてくださいね。止めますから」
農夫は必死な様子で何度も頷いた。
私もいっぱい食べるぞーと思ったが、水分の多い果物なので、私とカルロは四つでお腹がたぷんたぷんになった。
ハンザスも六つで「ちょっと食べすぎちゃいました」と笑った。
私たちが果樹園の中を歩きながら腹ごなしをしていると農夫が急いで走ってきた。
そろそろ魔塔主を止めてほしいようだ。
「幾つ食べたんですか? そろそろ食べるのを止めてください」
「え? もうですか? まだ十五個くらいしか食べてないのですが……」
「よくそんなに食べれましたね……」
私は農夫に無理を言って、あと四つだけクピアを分けてもらった。
乳母とグレデン卿、シュライグ、そして、ナタリアの分だ。
ナタリアは手元に残るお土産が欲しいと言っていたが、今回は雑貨屋などには寄る予定がないため、これで我慢してもらおう。
「オーロ皇帝には持って行かないのですか?」
小声のハンザスに、私も農夫に聞こえないように小声で答える。
オーロ皇帝の名前など出せば農夫が気絶しかけない。
「こんなに美味しい果物があるとわかったら、今度はオーロ皇帝が買い占めようとするはずです」
他の旬の果物もいくつか採らせてもらい、オーロ皇帝やノアール、エトワール王国から来てくれているメイドや騎士団員のための土産にする。
私たちはたくさんのお土産を手にして城へと戻った。
私の側近三人とナタリアにはクピアは貴重な果物だから他の人には、特にオーロ皇帝には秘密であることを注意して渡した。




