51 悪癖への処置
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「では、なぜ魔力を豊富に含んだ野菜をお求めなのですか?」
不思議に思って聞くと、オーロ皇帝の方がなぜそのような当然のことを聞くのだとという不思議そうな顔をした。
「美味いからだ」
「……え?」
「他の国の野菜よりもエトワール王国産の野菜の方が味がいいからだ」
「それは……ありがとうございます」
「今後も精進せよ!」
まさかの味がいいからってだけだった。
オーロ皇帝が満足するほどの味ならブランド化して他の王族とかにも高値で売れるかな……
「私が高値で買うのと、あとは魔塔に高値で売ればいいだろう。しかし、帝国傘下であろうとどこにでも売っていい品ではない」
「どうしてですか?」
「先ほども言っただろう? この野菜は魔力が増える。邪な王族の魔力を増やしたところでいいことはない」
「それはそうですね……しかし、そうなると、魔塔主の薬草栽培の案も難しいですね。作っても売れませんから」
「薬草は魔塔に売ればいいようにしてくれるだろう」
「取引先が魔塔だけでは外貨はそれほど稼げないですから」
「魔塔がポーションを作っていることは知っているか?」
「はい」と私は頷いた。
「魔塔の森でできる薬草は非常に高品質なもので、それで魔塔の魔法使いが作ったポーションは王宮魔導師が作ったポーションとは比較にならないほどに高品質なハイポーションだが、魔塔はそれをそのまま流通させているわけではない」
「では、どうしているのですか?」
「ハイポーションを一般的なポーションレベルまで薄めて、量を増やして売っているのだ」
「なるほど……」
わざと品質を落として量を増やして売るって……え?
悪徳商法か?
中程度の効き目のあるポーションの値段はそこそこ稼いでいる商人のひと月の給料で一本買えるくらいの値段だ。
つまり、一般的な庶民では手が出せない値段なのだ。
「なんかすごく複雑そうな顔をしているが、別に魔塔が悪徳商法をしているわけではないぞ?」
「そうなのですか?」
「商人や冒険者など実入りはそれなりにいいが旅の途中で怪我をする恐れのある者が買える値段だ。一般庶民は街から出ることはないのだから、街の医師や薬師に頼ればいいだろう」
村には医師はいなくても薬師かそれに準ずる人が一人くらいはいるからポーションは必要ないだろうという考えのようだ。
確かに、怪我や病気に即効性のあるポーションは医師も薬師もいない旅の途中、森や山での任務中にこそ必要だ。
「とにかく、そうして量産して売った利益の一部を貰えばいい」
「つまり、魔塔に薬草を単に売るのではなく、薬草を提供することによって出た利益の一部を受け取るという方法ですか?」
確かに、その方が薬草を売るだけよりも収益が高いような気がする。
売る場所や売る相手、需要によっても値段は変わるだろうが、魔塔が損をするような売り方をするわけがないし、魔塔というブランドだけでそれなりの値段設定ができるだろう。
「他の特産品も含めて少し考えてみます」
「まぁ、そんなに心配しなくてもエトワール王国が帝国の経済圏に入ったところでさほど困ることはないと思うがな。おそらく、魔塔主がなんとかするだろう」
「……どういうことですか?」
魔法以外のことなのに、どうして魔塔主が?
「あいつは気に入った者には手を貸すからな」
「そのようなことが以前にもあったのですか?」
「魔塔主が甘ったるい菓子が好きなのを知っているか?」
オーロ皇帝はすごく微妙な表情をしながら話し出した。
あのお菓子の甘さを思い出しでもしたのだろうか?
「はい。以前に食べているところを見ました」
「あの菓子を作っている店の店主が天に召されるような年齢になるまで跡取りを残さず、そのまま死にそうになったのだが、そうしたらあやつはハイポーションで延命して跡取りを残させたんだ」
「……それは、手を貸したのとは違うのではないでしょうか?」
老体に鞭打ったということですよね?
「結局、孫に菓子作りを教えたんだけど、愛する奥さんも息子も先に逝っちまって、もう勘弁してくれって泣きながら孫に菓子作りを教えていたらしいぞ」
「大好物のお菓子を作ってくれていた人に対して、酷い仕打ちじゃないですか」
おそらく、巷ではあのお菓子はあまり流行らなかったためにレシピを子孫に残すつもりがなかったのではないだろうか?
「だから、まぁ、そう心配しなくても魔塔主が手を貸してくれるだろう」
すごく心配になった。
ただ、幸いにも私はまだ子供だ。
魔塔主が無茶な提案をしてきてそれを無理やり推し進めようとしたとしても、私はまだ若いからそれについていける気力があるかもしれない……体が幼すぎて体力があるかどうかは怪しいところだが。
体力がついていかない時にはきっと私にもハイポーションを提供してくれることだろう。
私とオーロ皇帝が話をしている間、カルロが私の口に食事を運んでくれていた。
なぜなら、私は話に集中すると食事の手が止まってしまうからだ。
これは前世からの癖なのだが、エトワール王国では出なかった癖だ。
オーロ皇帝と食事時に話すようになってから再発してしまった癖で、私がオーロ皇帝の言葉の意味を考えている間や、次の言葉を考えている間にカルロが口に食事を運んでくれるようになっていた。
最初、私は口に食事が入れられていることにも気づかずに無意識に咀嚼して飲み込んでいた。
皇帝の前でそのような行儀の悪いことをすれば怒られるところだが、私の食事が終わらないとナタリアも席を外し難く、かつ、私が無意識に咀嚼する様子が面白かったようで、カルロはオーロ皇帝に怒られることを免れた……と、乳母が言っていた。
そうして、話に集中して食事の手が止まった私にカルロが食べさせるという妙な食事風景が生まれてしまったのだ。
話がひと段落してまたカルロに食べさせてもらっていたことに気づいた私は、拗ねたような不機嫌な表情のナタリアと目が合った。
カルロを独占してしまったために嫉妬させてしまったのだろう。
私に対して嫉妬するのは充分に理解できるけれど、これは話している間にどんどん食べるのが遅くなって、周囲との食事の速度がズレてしまう私に対してカルロが生み出した処置なのだ。
だから、少しの間だけ、カルロを独占することを許してほしい。
「リヒト様、美味しいですか?」
「ああ。カルロのおかげでスムーズに食事をすることができたよ。ありがとう」
功績を褒められたカルロが嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せた。
可愛い。ものすごく可愛い。
私は思わずまたカルロの頭を撫でてしまう。
あと半年ほどもすれば7歳になり他の貴族たちにも公表されるし、公務も始まるので、明らかにカルロを特別扱いしていることがわかる仕草は控えるべきなのだが、ついついなでなでしてしまう。
これも全てカルロが可愛すぎて罪作りなせいだろう。
カルロを撫でていたらナタリアの目がますます鋭くなってしまった。
「其方たちはとても仲がいいが、あまりやりすぎると未来の王妃が嫉妬するぞ?」
反射的に「私は王妃を迎えるつもりはないので大丈夫です」と答えそうになったが、今のところエトワール王国の第一王位継承者である私がそのようなことを言うわけにはいかないだろう。
とりあえず、私のお披露目の日、カルロがその日を無事に乗り越えることが目標なわけだが、その後、ある程度国政が落ち着いたら父王と母上には私の弟を作ってもらうようにお願いしよう。
前世の記憶がある私の恋愛対象は前世のままで、この先異性と結婚して子供を作るという未来は全く想像できないのだ。




