50 エトワール王国産
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オーロ皇帝が席に着いた時点で配膳が開始されるので、オーロ皇帝とナタリアはすでに食事を始めていた。
「遅れてしまい申し訳ございません」
特にきっかりと開始時間が決められた晩餐会でもないのだが、オーロ皇帝が不満そうな声を出したのだから謝罪するのが礼儀だろう。
「リヒト様はご多忙なのですから謝罪する必要はございませんわ。お祖父様はお話し相手がいなくて拗ねているだけですから」
ナタリアの言葉にバツが悪そうな表情になったオーロ皇帝に私は笑ってしまう。
孫の前では威厳も形無しだ。
最初は大人しい性格で、オーロ皇帝の前では萎縮してしまっているのかと思っていたナタリアだったが、それはどうやら少しシャイだっただけのようで、数ヶ月一緒にいるとどんどんゲームのヒロインであるナタリアのように快活な性格が見えるようになってきていた。
身内であるオーロ皇帝だけではなく、私やカルロに対してもはっきりと言いたいことを言うというのも打ち解けてきた証拠なのだろう。
「そういえばリヒト様、テル王国へお勉強に行かれたのですよね?」
ナタリアの質問に私は「はい」と頷いた。
席に着くと、次々と料理が運ばれてきた。
「野菜も穀類も豊富に栽培されていました。広大な農地に圧倒されました」
「わたくし、お土産と共にそのようなお話をリヒト様がしてくださるのを待っていたのです」
しまった! と私は思った。
農地の広大さに圧倒されて、ナタリアにお土産を買うという約束をすっかり忘れていたのだ。
私が謝ろうとした瞬間、カルロが口を開いた。
「ナタリア様には僕がクッキーのお土産をお渡ししましたので、リヒト様に落ち度はございません」
市場の隅で売っていたかぼちゃクッキーをカルロは買っていた。
従者の部屋でくつろぐ時に食べるのかと思っていたら、ナタリアのお土産だったのか!
あの活気溢れる賑わいの中、ナタリアとの約束を覚えていてお土産を買っていたなんていい子すぎる!
もしかすると、あの賑わいを見て、ナタリアと一緒に歩きたいと思っていたのかもしれないな。
私は思わずカルロの頭を撫でた。
「私はリヒト様から思い出に残るお土産をいただきたかったのです。クッキーのように食べたら消えてしまうようなものではなく」
そうだよね。と私はうんうんと頷く。
ナタリアにとっては私からのお土産が唯一カルロとのお揃いのものをもらえるチャンスだというのに、推しの恋を応援している私がこんなことではダメだろう!
もっとちゃんと応援してあげないと!
「ナタリア様、テル王国にはまた行く予定ですので、次は必ずお土産を買ってきますね」
私の言葉にナタリアは嬉しそうな表情を見せて頷いた。
それに反してカルロは面白くなさそうな顔をしている。
ナタリアのことを独り占めしたいのだろう。
「テル王国は鮮度のいい野菜を食べることができるから食事が美味しかっただろう?」
「そうですね。野菜の味はエトワール王国のものの方が濃かったと思いますが、種類も豊富で惜しみなく野菜を使って料理されていているので一皿の量も多くて美味しかったです」
オーロ皇帝は少しその目を見開いて私を凝視した。
「エトワール王国の野菜の方が味が濃いのか?」
「土地に含まれる魔力がエトワール王国は豊富だそうで、そのためではないかと魔塔主が言っていました」
「それは興味深いな……」
オーロ皇帝はしばし考える素振りを見せ、それから私を見た。
「其方、明日にでもエトワール王国から新鮮な野菜を仕入れてこい」
「でも、魔法使いだけがわかる味の違いかもしれないとも言っていましたよ」
「私も魔法が使えるから大丈夫だ」
「それは一般的に知られていない情報ですよね? このような場で私に話してもいいのですか?」
オーロ皇帝からは魔力を感じていたから薄々わかっていたことだが、魔力を持っていても魔法を使えない者もいるし、オーロ皇帝は自分が魔法を使えることは秘密にしている様子だった。
つまり、オーロ皇帝が魔法使いということは国家機密のはずだ。
万が一の時のために優位に自分を守ることができるのだから。
そんな大事は話を他国の王子に話してはダメだと思うのだが?
「公表もしておらぬが隠しているわけでもない。別に知られても構わない」
秘密にしているわけではなかったようだ。
「では、明日、必ず野菜を仕入れてくるのだぞ?」
魔力を豊富に含んだ野菜を献上せよということかと思い、私は翌日グレデン卿と共に転移魔法でエトワール王国の城へと戻った。
オーロ皇帝からの要求を両親に話して旬の野菜を揃えてもらい、献上用として豪奢な箱に入れてもらった。
早々にルシエンテ帝国の城へと戻って野菜をノアールに渡したのだが、その場ですぐに金貨を渡された。
「金貨?」
「リヒト様が野菜を持ってこられたら代金を払うようにとオーロ皇帝より言われております」
どうやら、献上しろとの命令ではなかったようだ。
「あの、野菜の代金として金貨は高すぎます」
魔力が豊富だということはこれまで知らなかったし、エトワール王国では普通に流通している野菜のため、高値がついているわけでもないし、金貨がもらえるほど大量の野菜を持ってきたわけでもない。
「野菜の代金だけでなく、転移魔法の対価と王子という身分のリヒト様を使い走りのように使ったための対価でもありますので、お受け取りください」
「我々の方がお世話になっておりますので気にしていただかなくてもいいのですが……」
「皇帝が一度与えたものを取り上げるような恥じた行為はされませんし、返されるということは皇帝への不服ありと見なされます。どうかお受け取りください」
言葉を重ねてそのように言われては返すわけにもいかず、私は金貨を受け取った。
その日の夕食はエトワール王国産の野菜がふんだんに使われていたようで、味付けは違えど、味のしっかりした野菜の旨みが懐かしく、いつもよりも美味しい気がした。
別にいつもの食事が美味しくないというわけでは決してない。
帝国の夕食はエトワール王国よりも豪華で品数も多く、味も研究されていると思う。
しかし、やはり、馴染みのある味が美味しく感じるものなのだろう。
「確かに、いつも食べているテル王国産の野菜よりも味が濃く感じるな」
オーロ皇帝は自分の掌を見つめた。
「心なしか、体内の魔力量が増えて、体に馴染むのもスムーズな気がするな」
エトワール王国にいる時には常にエトワール王国産の野菜を食べていたから気づかなかったが、確かに、食べる毎に体内の魔力が変動しているような気がする。
それを感じ取れるほど野菜の中の魔力含有量が多いということだろう。
「魔塔がエトワール王国へ早々に移動してくれぬかの? そうすれば、あやつらにエトワール王国から新鮮な野菜を毎日届けさせるのだが。私とナタリアの食事だけでもエトワール王国産の野菜を使って貰えば魔力維持が楽になるだろう」
私はオーロ皇帝の言葉にすぐさま提案した。
「それなら、商業ギルドの転送の魔導具でお送りすればいいのではないでしょうか? 我が国にはまだ商業用の転送の魔導具はありませんが、オーロ皇帝が安く融通してくださるのであれば早々に取り入れることができます」
「其方は相変わらず抜け目ないな」
オーロ皇帝が少し呆れたように私を見た。
こちらは帝国傘下に入った際に巨大な経済圏に飲み込まれないように必死なのだ。
今から準備していなければ、あっという間に飲み込まれてしまうかもしれない。
両親はエトワール王国の貴族の中でも商会を持っていたり、豪商と繋がりのある貴族たちに色々と相談しているそうだが、今のところ、エトワール王国が特産品として売り出すことができて、帝国の経済圏の中でも他国に食いものにされずに対等に渡り合えるような商品はないという。
「魔塔の魔法使いに毎日野菜を届けさせるというのは人件費が非常に高額になると思いますし、そもそも、魔塔の魔法使いたちがそのようなことに協力してくれるとも思えません」
「奴らは割と研究費のためならなんでも届けてくれるぞ?」
その言い方はすでに経験済みということだろう。
魔塔の魔法使いたちにお使いをさせるとは、さすが皇帝というべきなのだろうか……
「魔塔がエトワール王国に移ってから運ばせようと思っていたが、向こうからこちらに来るのも、こちらから向こうに行くのも労力は同じだから明日から早速魔塔の魔法使いに新鮮な野菜を運ばせるか」
「料理長が欲しい野菜を魔塔の魔法使いに探させるのは時間がかかり要領が悪いですから、エトワール王国の城に出入りする商人に運ばせることにしましょう。城に届いたものを魔法使いが回収するというのでどうですか?」
私の言葉にオーロ皇帝は「うむ」と一度頷く。
「魔塔に仕事の依頼をしておいてくれ」
皇帝の言葉に皇帝の背後に控えていたネグロが「承知しました」と答えた。
「明日、私はもう一度エトワール王国に行って、仕入れのこと、魔塔の魔法使いが毎朝野菜を取りに来ることを説明してきます」
再び「うむ」と頷くと、オーロ皇帝は大事な商談が成功に終わったかのように満足げに息をついた。
「オーロ皇帝はどのような時に魔法を使っているのですか?」
毎日、魔力の含有量の高い野菜を食べたいと考えるほど魔力を大量消費しているということだろうかと思って尋ねた私の質問にオーロ皇帝はしばし考える。
「会議の席で家臣を威圧する時とかだな」
思っていた回答と違った。
現在帝国は近隣諸国との争いなどもないので、そうした場面で魔力を使うことがないことはわかっていたけれど、それでも魔力含有量の多い野菜を毎日食べたいというのだから魔塔の研究者たちのように魔力を使う研究や防衛のための魔法陣作成などをしているのかと思ったのだが……
家臣を威圧する程度であればそれほど魔力は必要ないだろう。




