90 失敗(カルロ視点)
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グレデン卿が隣で急に倒れて僕は驚いた。
こんな大勢の前で、しかもこの国の首長である魔塔主の客人の僕たちを毒殺するつもりだろうか?
そう一瞬考えたけど、そんなわけはないだろうと思い直して冷静に飲み物の確認を行った。
グレデン卿が飲んだ白い飲み物はお酒だった。
グレデン卿がお酒に弱いことは聞いていたし、魔塔主はこの国で作られるお酒は強いとも話していたから、それでグレデン卿が倒れたのだということは納得できた。
試しに、ちょっと指先につけて舐めたお酒の味が思いの外甘くて、香りも良くて味気のない料理に飽きていた僕は思わずお酒に口をつけてしまった。
すると、初めて飲んだお酒は思っていたよりもずっと美味しかった。
それで、ついつい飲み進めてしまった。
給仕のエルフも次から次にとお酒を勧めるし、広間の中の子供たちを見ても親の盃からお酒を飲んでいる。
この国では子供の飲酒は禁止されていないということがわかる。
そもそも、禁止していたら、僕とリヒト様の前にお酒を置いたりしないだろう。
それで僕はついつい飲み過ぎてしまった。
気持ちよくなって、リヒト様に触れたいという気持ちが抑えられなくなって、リヒト様の腕に腕を絡めると、リヒト様からいい香りがした。
リヒト様は僕をぎゅっと抱きしめてくれて、風魔法で僕を部屋まで運んでくれた。
その後に服や体を魔法で綺麗にしてくださり、リヒト様のベッドにあげてくださる。
もちろん、僕は旅をすることが決まった時から何かと理由をつけてリヒト様と一緒に寝ようとは思っていたけど、リヒト様自らが僕を自分のベッドに招いてくれたのはとても嬉しかった。
その後すぐに魔塔主がグレデン卿を部屋に連れてきて、二人きりじゃなくなってしまったのは残念だったけど、魔塔主と何やら話していたリヒト様は再び僕を抱き上げてポーションを飲ませてくれた。
リヒト様のお身体からは相変わらずいい香りがするし、腕で上半身を支えられて、リヒト様の顔は近くにあるし、リヒト様の胸元に頭を押し付けるような状態でぬくもりが伝わってくるし、酔いの回っている僕は言い訳をしてリヒト様の唇に口付けた……
意識のあるリヒト様の唇を奪い、その口の中まで味わうのは初めてのことだった。
正直、最高だった。
叱責ものというか、下手したら罰せられても文句の言えない所業ではあるが、リヒト様はそのようなことをしないという確信はあった。
でも、嫌われたり、従者を辞めさせられるような事態になったら困るので、これまではリヒト様が眠った時だけ、頬などに軽いキスをするだけで我慢していたのだ。
それが初めて、リヒト様の瞳を見つめながら、しっかりとキスすることができたのだ。
幸せすぎた。
僕に何をされたのかすぐに理解できなくて呆然とするリヒト様も最高に可愛かった。
残念ながら魔塔主に邪魔されてしまったけど、それでも、これからきっとリヒト様は僕のことを意識してくださると思っていた。
そう思っていたのに……魔塔主に邪魔された。
どうやら魔塔主は魔法でリヒト様の昨晩の記憶を書き換えてしまったようだ。
「どうしてリヒト様の記憶を書き換えたのですか?」
リヒト様の目を盗んで、僕は魔塔主と廊下に出た。
そこで、極力小さな声で魔塔主にそう聞けば、魔塔主は声が外に漏れないための魔導具を起動させると、にこりと作り笑いをした。
「なぜ、酔っ払ってリヒト様に無体を働いたあなたが怒っているのですか? まさか、あのような無体を一国の王子や王、王妃が許すと思っているのですか? まぁ、リヒト様はお優しいので罰したりはしないでしょうが、リヒト様はもう隠された存在ではありません。他者の目があるのですから、他者から従者君が責められないように、従者君を従者から外したり、領地に帰らせて距離を置いたり、目を合わせなくなったりするかもしれませんよ? もう二度とリヒト様の視線の先に入ることが許されないなど、あなたは耐えられるのですか?」
魔塔主の言葉になど簡単に言い返せる気でいた僕は一言も言い返せなかった。
確かに、魔塔主の言葉通りだ。
きっと、リヒト様は僕のことを許してくれると思う。
だけど、リヒト様の立場は自分に無礼を働く人間をそのまま側においておけるような立場ではない。
リヒト様が僕を罰することを望まなくても、万が一、王や王妃にリヒト様への無礼を知られたら、牢に入れられるか、領地に戻されるかもしれない。
それどころか、ヴィント侯爵が僕の無体を知れば、きっと王や王妃よりも重い罰を僕に課すだろう。
リヒト様から僕へのキスと、僕からリヒト様へのキスでは全く意味が違うのだから。
留学と称して国外にやられたり、暗殺と見せかけて殺される可能性だってあるかもしれない。
リヒト様と離れるなど、絶対に嫌だ!
僕の人生としてそのようなことは絶対にあってはならないのだ。
リヒト様のいない人生など、そんなものは僕が歩む人生とは言えない。
「魔塔主は僕のことを庇ってくれたということなのですか?」
そう聞けば、「そんなまさか」と魔塔主は笑顔を深めた。
「私が君を庇うわけないでしょう?」
その通りだけど、魔塔主の作り笑顔にイライラした。
「私はリヒト様を庇ったにすぎません」
庇った?
それはどういう意味だろう?
「僕がリヒト様を傷つけるとでも?」
そのように思われていたのなら心外だったけれど、次の魔塔主の言葉に僕はまた自分の行動を反省することになる。
「傷つけたではないですか? リヒト様の望まぬことをして。驚きに固まっている間に眠らせましたから、その後にリヒト様が抱く感情が不快なものだったのか、望まぬ相手のキスに傷ついたのか、怒ったのか、はたまた、酔っ払っている君に無警戒で近づいて、君にそのような行動をさせてしまったと自己嫌悪したのかは分かりません」
「しかし」と魔塔主の眼差しが冷たくなったような気がする。
「あのキスをリヒト様が喜ぶ可能性はないでしょう」
魔塔主の言葉に、僕は不安を覚える。
リヒト様は、僕のことを「大好きだ」って言ってくださったのだ。
喜んでくださる可能性だってあったはずだ。
「……どうしてですか? リヒト様は、いつも僕のことを可愛がってくださいます」
「父親のような気持ちで、ですよね?」
僕は以前にリヒト様が言われた言葉を思い出してドキリとした。
以前、リヒト様から僕にキスしてくれた時、確かにリヒト様は僕に対する気持ちは父性のようなものだと言っていた。
「父親のような気持ちで愛で、育てていた者からキスなどされたら困惑しますよ。そして、育て方を間違えたかと思うでしょうね。リヒト様のことですから、君を責めるのではなく、自分が至らなかったのだと反省するでしょう」
「リヒト様ご自身には全く落ち度がないというのに」と、俯いて顔を上げることができなくなった僕の耳に魔塔主が低い声で言った。
その声から僕はやっと、魔塔主が怒っているのだと気がついた。
しかし、今は魔塔主の怒りのことなどどうでもいい。
僕はリヒト様に対して本当にとんでもないことをしてしまったのだということを後悔し、そのことを魔塔主に見られていたことに絶望した。
魔塔主が王やヴィント侯爵に話してしまえば、僕の立場などあっという間になかったことになってしまうだろう。
最悪、ここで魔塔主が僕を殺して、その理由としてキスのことを話しても正当な処罰ということになるかもしれない。
僕が自分の血の気のひく感覚をまざまざと感じていると、部屋の扉が中から開いてグレデン卿が顔を出した。
「二人ともそんなところで何をしているのだ? リヒト様が喧嘩をしているのではないかと心配している」
「喧嘩なんてしていませんよ」
魔塔主は笑って僕から早々に離れていった。
「従者君に魔法の相談を受けていたのです」
魔塔主は部屋の中に戻りながら、リヒト様にそのように答えていた。
僕はなんとか平静を装い、笑顔を取り繕って魔塔主の後ろから部屋に入る。
「魔法の相談ですか? 二人だけで話すなんて随分と仲が良くなりましたね」
そう魔塔主に笑顔を向けていたリヒト様は僕を見て、すぐに訝しむような表情した。
もしかして、昨夜の記憶が戻ってしまったのかと僕はゾッとする。
しかし、それは僕の杞憂だったようで、リヒト様はソファーから立ち上がって僕に近づくと、僕の額に手を当てた。
「熱はないようですね。二日酔いでしょうか? 顔色が悪いですよ。カルロ」
リヒト様は優しい。
こんな愚かな僕のことをどこまでも大事にしてくれる。
昨夜のことを話すわけにはいかないから声に出して謝ることもできないけれど、僕は心の中でたくさん謝った。
続きはアルファポリスにて先行公開となります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/135536470/135910722




