277 癖の強い新入生 02
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「二人とも……これでは、ミカエルと話し難いのだけれど?」
壁際まで下がってしまっているソファーに座っているミカエル。
そのソファーの両端に立つライオスとザハールハイド。
「ミカエルの安全性が確認できるまでは接近を許可できません」
理性的で冷静なヘンリックまでそんなことを言っている。
みんな、ミカエルに対して過剰に反応しすぎではないだろうか?
「リヒト様! 僕なら大丈夫ですので、お話の続きをお願いします!」
無邪気な笑顔で「僕」と言われて、やはり、幼い頃のカルロを思い出す。
「リヒト様!」とカルロが拗ねた表情で私の隣に座ると私の腕にしがみつくようにした。
あまり後輩の前ではしない仕草だ。
「では、ミカエルを呼んだ本題に入ろう。ハバルから、ミカエルが興味深い魔法研究をしていると聞いたのだけど、それについて尋ねてもいいかな?」
私の言葉にミカエルの表情がぱぁぁぁっと明るくなった。
「リヒト様にご興味を持ってもらえるなんて嬉しいです! 僕が研究しているのは性別変換の魔法です!」
当然、前もって生徒会のメンバーには話をしてあるので、この場にいる者たちに驚きの反応はない。
しかし、次の私の質問に対するミカエルの回答には大いに驚くことになった。
「どうして、そのような研究をしようと思ったのかな?」
「それはですね! リヒト様が女性になった時の姿を見たかったからです!」
私は思わず目を見開き、ミカエルの無邪気な笑顔を凝視した。
次の瞬間、ライオスとザハールハイドがそれぞれミカエルの両腕を持ち、ソファーから強制的に立たせた。
「カルロ! この者をすぐに城の地下牢へ!」
ヘンリックの声に反応してカルロが自分の影から触手を出して、ミカエルを拘束しようとした。
「カルロ! それはダメです!」
私が慌ててカルロを抱きしめるとカルロの触手の動きが止まった。
「みんな、落ち着いて……」
そうみんなを落ち着かせようとした私の声に重なって、ミカエルの声が響いた。
「皆さん、想像してください! 女性になったリヒト様のお姿を! 美しく長い金髪に白い陶器のような肌。青空を思わせる澄んだ瞳……」
みんな、それぞれ、なんとなく宙を見ている。
前世で、脳は否定形を理解できないと聞いたことがあるが、想像してみてと言われた時に、自分では想像しないように意識しても自分の意思に抗って想像してしまうのが脳である。
ミカエルを危険と判断し、拘束しようとしていた彼らであっても、想像してみてという脳への命令には逆らえないようだ。
「そして、小ぶりながらも控えめな谷間に、くびれた腰……」
「強制送還!」
次の瞬間、私は思わずミカエルをセールア王国の海岸へと送ってしまっていた。
「リヒト様……」と、ヘンリックが笑いを堪えている。
「すみません。あまりに悍ましい姿を想像させようとしていたものですから、つい……すぐに迎えに行ってきます」
「リヒト様が迎えに行くまでもありません」
そう言ったカルロが自分の足元から触手で頭から足の先までぐるぐる巻きにしたミカエルを取り出した。
「……これは、ミカエルですよね?」
「はい」
全身、満遍なくぐるぐる巻きにされているものだから、中身が本当にミカエルなのかは外からはわからないが、魔力は先ほど転移させる時に感じたものとよく似ているので、おそらくちゃんとミカエルのはずだ。
「カルロ、彼をそこのソファーのところに解放してくれる?」
「……」
「……話せるように顔だけでも解放してくれる?」
「……リヒト様がそうおっしゃるなら」
カルロの触手が顔の部分だけどけられると、確かにぐるぐる巻きの人物はミカエルだった。
「びっくりしました!」
ミカエルが明るい声で言った。
カルロの触手にぐるぐる巻きにされると皆青い顔をするのに、ミカエルは笑っていた。
能天気というか、たくましいというか……
怖いもの知らずとなると、ちょっと注意しただけでは研究をやめてはくれないかもしれない。
そういう意味では恐ろしい……
「ミカエル様、とりあえず、その魔法の研究はやめてもらいたいのですが」
私の言葉に、ミカエルは案の定、小首を傾げた。
「どうしてですか?」
そう不思議そうに小首を傾げたミカエルに私はため息をついた。
「私は女性になりたいと思ったことはありませんから」
「でも、絶対にお美しいと思います!」
「そういうことではなく、女性のような格好をすることはないですし、王子としての尊厳も損なわれますから」
「では、カルロ様が女性になるというのはどうですか? リヒト様かカルロ様のどちらかが女性になれば、お世継ぎ問題は解決しますよ?」
「私はカルロにそのようなことは望んでいない。私はただカルロと一緒にいられれば幸せなのです」
「それは、あまりに国民に対して無責任ではないですか?」
能天気なようでいてさすが王子と言うべきだろうか?
痛いところをついてくる。
しかし、前世日本人の記憶がある私は、実はその問題をあまり重く受け止めてはいなかった。
血統以上に大切なのは、国王としての才覚だろう。
特に、オーロ皇帝が治めるルシエンテ帝国の傘下の王国で求められるのは、国民を思い、守ることができる意志と才能のはずだ。




