269 王立学園ヴァイスハイト 01
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「隣国との学園交流に王子である私も参加してほしいという要請ですか?」
エトワール王国内の貴族の令息令嬢が通う王立学園ヴァイスハイトの生徒会より、隣国のヴィア王国の貴族向けの学園との交流会が行われることになったため、王子である私にも参加してほしいという要請があったのだと第一補佐官が書面を持ってきた。
「私は王立学園ヴァイスハイトの生徒ではありませんが、エトワール王国の王子という立場で参加してほしいということですか? しかし、現ヴィア王国の王族には学園に通うような年齢の方はおられなかったかと思うのですが?」
エトワール王国の代表として交流会に参加すること自体は問題はないが、ヴィア王国側に王族はおらず、さらに私は王立学園ヴァイスハイトの生徒でもない。
そんな私がわざわざ交流会に参加するのは生徒たちの交流会をむしろ邪魔することにならないだろうか?
「そうですね。しかし、他国の学園との交流会などは初めてのため、生徒たちも戸惑っておるのでしょう」
「それに、今回の交流会をきっかけに、リヒト様に自分たちの学園にも足を運んでほしいと思っているのではないでしょうか? 令息令嬢たちが集うパーティーに招待されたという程度の認識でいいかと思います」
第一補佐官と宰相がそのように説明してくれるが、私としてはまだ腑に落ちない。
私が王立学園ヴァイスハイトの生徒ならば他国の学生との交流会に参加することはおかしくないとは思うし、相手側に王族がいるのならば対等な立場として私がいてもいいだろう。
しかし、私は王立学園ヴァイスハイトの生徒ではなく、交流しに来るという相手側の学園には王族は在籍していない。
それでは、私がその交流会に参加するというのはバランスが悪いだろう。
王族がわざわざ他国の学生を出迎えるという風に受け取られても困るし、王族の威厳を振るってきたとマイナスに捉えられても面倒だ。
そんなことは少し考えればわかるはずだというのに、なぜか第一補佐官も宰相も私に王立学園ヴァイスハイトと他国との交流会に参加してほしいと思っているようだ。
「申し訳ありませんが、私が参加する利点が見えません。何か事情があるようならば説明していただけませんか?」
どういうわけかいつも冷静な二人がうぐっと口を噤んだ。
第一補佐官と宰相はお互いにチラリと視線を送り、そして、宰相が「申し訳ございません」と少し項垂れた様子で言った。
「王立学園ヴァイスハイトは私たちの出身校でもあり、つい、リヒト様にもご覧いただきたいと思ってしまいました」
「それに、今通う生徒たちは私たちの後輩にあたりますので、肩入れしてしまい、リヒト様が交流会に参加することによってむしろヴィア王国の学園の生徒たちにはあまりいい印象を与えないかもしれないということを考慮しておりませんでした」
宰相に続いて、第一補佐官も反省の色を見せる。
しかし、二人がそのように浅慮な考えになるとは意外だ。
「お二人にとってはいい思い出がたくさんある場所なのですね?」
そうでなければ、わざわざ私に行ってほしいと思うことも、現在の在学生たちに肩入れをしてしまうこともないだろう。
「そうですね」と二人は穏やかに微笑んだ。
「ゲドルト様や王妃様、ヴィント侯爵との思い出もありますし」
「それに、貴族の令息令嬢にとってはヴァイスハイトに通うことは当たり前のことでもあり、同時に貴族としての礼法や心構えを学び、我々はエトワール王国の貴族なのだという誇りを身につけていく場所ですから」
貴族としての礼儀作法を学び、領民たちを守る術を学び、その国の貴族であるという自覚を持たせる場所が各国の学園なのだとしたら、魔法学園はあれで大丈夫なのだろうか?
「どうされましたか?」
「何かご不快なことがございましたでしょうか?」
私が創った魔法学園のあり方について考えて、思わず眉間に皺が寄ってしまったようだ。
「いえ、魔法学園を創ったことが間違いだったのだろうかと少し考えてしまいました」
魔法学園に通う王子や王女たちが私の元で働きたいというようなことを言い出すのは、自国の学園に通っていないせいかもしれない。
自国の学園に通えば、自国の王族である誇りなどを身につけることができ、他国の王子の元に仕えたいなどということは言い出さなかっただろう。
元々は『星鏡のレイラ』の舞台として用意した魔法学園ではあったが、結局のところカルロは私のことをずっと好きだったというし、ゲームの舞台を用意してナタリアにカルロを幸せにしてもらおうという計画だったが、そもそも不要なものだったのだ。
そうなると、私はオーロ皇帝と魔塔主の後ろ盾を使って魔法学園を創って、他国の王子と王女の王族としての学びの場を奪ってしまっただけなのかもしれない。
どうしよう。今更ながらとても申し訳なくなってきた。
「いえ、リヒト様の魔法学園は素晴らしいです!」
「そうです! 魔法学園があることによって魔法の研究は飛躍的に進展したと魔塔の者たちは喜んでおりました!」
「しかし、各国の学園に王子王女たちが通うことによって得るものもあったでしょう……魔法学園の講義内容を見直すべきか、各国にある王侯貴族のための学園にも通うことを推奨するべきかもしれませんね」
私が真剣に魔法学園の生徒たちの講義内容変更について考え始めると、私の後ろに控えていた乳母が一歩だけ前に出て、私が座る椅子の隣に立った。
「宰相、第一補佐官、リヒト様に余計なお話をしてリヒト様のお気持ちを乱すようなことはおやめくださいませ」
乳母が冷たい視線を宰相と第一補佐官へ送る。
「「申し訳ございません」」
宰相と第一補佐官が深々と私に頭を下げた。
「いえ、お二人とも頭を上げてください。乳母も、私が至らなかった点に気づいただけですから、怒らないでください」
私が鈍すぎてカルロの気持ちに気づかなかったばかりに魔法学園を作り、王子王女たちが本来学ぶべきことを学ぶ機会を奪ってしまったのは私が至らなかったためであり、宰相と第一補佐官は何も悪くない。
しかも、今日までその自分の罪に気づくこともできなかった。
本当に申し訳ない。
「今後の魔法学園の講義内容の参考になるかもしれませんし、王族であることは隠して交流会に参加するのはいいかもしれません」
王族だという身分を隠し、さらに目立たないようにしていれば、ヴィア王国の学園の生徒たちにはきっと気づかれないだろう。