268 適任者 09
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会議室にいた貴族たちはあっという間に捕えられた。
大人しい者たちは椅子に拘束され、暴れた者たちは縄で縛って床に転がされた。
当然、全員の武器は取り上げて回収している。
公爵家の私兵に指示していたアイデル卿に切り掛かった者もいたが、その実力差は歴然だった。
「リヒト様。こちらにどうぞ」
アイデル卿に呼ばれて私は貴族たちの前に立ち、オーロ皇帝の認可状を彼らに掲げた。
貴族たちが息を呑んだのがわかる。
もう私は何も話さなくてもいいのではないだろうかと思ったが、どんな時でも司会者という脇役が締めの言葉を告げる必要があるだろう。
「この時点を持って、ハンスギア王国はオーロ皇帝の直轄地となります。王、王妃及びあなた方貴族が国民にもたらしたこれまでの大きな損害はこれからオーロ皇帝が詳らかにし、その結果、罰を受けることになる貴族もいることでしょう」
この場にいる貴族たちの大多数が顔を青くした。
「自分たちの犯した罪をしっかりと償ってください。追って沙汰をお知らせしますので、皆様は地下牢でお待ちください」
貴族たちの顔がさらに真っ青になる。
「待ってくれ! 屋敷での拘禁でいいだろう!?」
「そうだ! 地下牢など、下賎な者が入るところではないか!?」
「私は公爵家当主だぞ!!」
宰相を城から追い出してからというもの、ずっとくだらない口喧嘩をしていたのだろうからそろそろ喉を休ませてはどうだろうか?
「そもそもお前は誰なのだ!?」
「なぜ、子供がオーロ皇帝の認可状など持っているのだ!?」
「偽物なのではないだろうな!?」
そう叫んだのは中級から下級貴族のようだ。
上級貴族はおそらく、私が誰なのかおおよその予想がついているのだろう。
宰相から私を城に招いたこと、そして、私が王と王妃に何をしたのかくらいは聞いているはずだ。
しかし、確かに、自分から名乗らないというのも礼儀に反するだろう。
私は外行きの顔でにこりと微笑んだ。
「失礼いたしました。私はエトワール王国の第一王子、リヒト・アインス・エトワールです」
次の瞬間、会議室がざわついた。
私に名乗るように求めた貴族たちの顔が青を通り越して白くなっている。
「帝国の裁定者……」
誰かがそう呟いた。
その間違った噂、もう帝国の端にあるハンスギア王国にまで届いていたのか……
というか、私はエトワール王国の王子であって、ルシエンテ帝国の皇族ではない。
確かに、ルシエンテ帝国の傘下には入ったものの、「帝国の」というのはおかしくないか?
しかし、ここでそれに突っ込んだところで意味はないだろう。
私は端的に全員を地下牢に入れる理由を説明した。
「これだけ多くの貴族が堕落しているとなると皆様を見張る人手が足りないのです。それに、宰相がオーロ皇帝に直轄地としての申請を行ったということを知っていたにもかかわらず、その結果を待たずして勝手に次の王位を決めようとしたということはオーロ皇帝に反旗を翻したも同然ではないですか?」
それだけでも十分な重罪だろう。
「それに」と私は自分の眼差しが冷たくなるのを感じた。
「あなた方は国民に使われるべきお金を横領し、国民を貧困に陥れましたよね? それにより、どれだけの命が失われているのか……考えただけでも悍ましいです。貴族の義務を怠ったのですから、爵位を剥奪されて下賤の身となる者には地下牢は十分な場所でしょう」
パキパキと音がしながら貴族の足元が凍っていく。
「それとも」と、私は冷たい視線を彼らに向けた。
「王や王妃と同じようにあの氷の山に行きたいのでしょうか?」
私はヴィソンに気を取られていて、ハンスギア王国の民の現状を確認しに行ってはいないが、帳簿を見ただけで国民たちに回るべきお金が王族と貴族たちによって使い込まれていたことがわかった。
まだ足元をちょっと凍らせただけだというのに、彼らはガタガタと震え出した。
アイデルとグレデン卿、そしてハンスギア王国の騎士団長や騎士たちによって公爵をはじめとした貴族たちも、そして公爵家の私兵たちも地下牢に入れられた。
アイデルの指示で動いたにも関わらず地下牢に入れられた私兵たちは不満そうだったが、アイデルに睨みつけられて黙っていた。
使い捨てのようで酷い扱いだとは思ったものの、彼らをそう簡単に信用することはできない上に、本当に人員が足りないので仕方のない処置だった。
「軍事制圧の許可は出したが、まさか、軍事を制圧してしまうとはな……」
その後、認可状を早々に出してくれたお礼と報告を兼ねてルシエンテ帝国城に行くと、オーロ皇帝に晩餐に招待された。
それならばまだハンスギア王国に残って書類の確認をしてくれているナタリアを呼ぼうとすれば、それは不要とのこと。
カルロは私についてこようとしたけれど、ナタリアに煽られてハンスギア王国に残って書類の確認をすることになった。
別段、カルロが書類を読むのが苦手というわけではないが、婚約者や学園の一員というよりも私の従者としての感覚が強いのか、とりあえずは私について来ようとするし、私も何か特別な事情がない限りはそれを止めることはない。
しかし、今回はナタリアに「エトワール王国の未来の王配は書類を読むのが苦手なのでしょうか? そのようにリヒト様を追いかけてばかりが王配の仕事ではないはずですわ」と微笑まれて、ナタリアと競うように書類を見ていた。
ということで、私は今、魔塔主と共に豪華な食事が並ぶ席についている。
ヘンリックは従者兼護衛として私の後ろに立っている。
「アイデル卿とグレデン卿が軍事制圧もしてくれていますよ」
「その国の騎士団を使っての軍事制圧など前代未聞だぞ?」
どういうわけか、オーロ皇帝に呆れた視線を向けられた。
無事に制圧できたのだから、どこの騎士団を使ってもいいではないか?
「内乱ならわかるが、其方は他国の王子だというのに、騎士団を一瞬でたらし込んだと言うではないか? 人たらしもそこまでいくと脅威だな」
「騎士団の光の聖剣への憧れが異常なだけです」
私はエトワール王国の王子だから、その王子が光の聖剣を生み出すことができると知って熱狂するエトワール王国の騎士団たちのことは理解できる。
しかし、ハンスギア王国の騎士団まであれほど簡単に魅了されるとは思っていなかった。
ハンスギア王国の王と王妃が国民に見捨てられてもおかしくない人物だったために光の聖剣を持つ私に味方をしてくれる騎士もいるかもしれないとは思ったが、まさか、騎士団全員があのように素直に従ってくれるとまでは思っていなかった。
騎士団には貴族出身の者たちもいるわけだから、愚かな王を言いくるめて甘い汁を啜っている家の出身の者は味方をしてくれないと考えていたのだが、そもそも、そうした家からは訓練の厳しい騎士団に入団したい者はいなかったようだ。
「国政を管理する者をハンスギア王国に置くまではしばらくは時間がかかるぞ? その間はどうするつもりなのだ? 宰相では騎士たちを管理仕切れんだろう?」
「その件ですが、モラガル王国のイェレナ様よりお話をいただき、アイデル卿を貸し出してもらえるようです」
「どういうことだ?」
「モラガル王国は元は少数民族が集まった国だと聞いています」
「そうだ」とオーロ皇帝は頷いた。
「決闘や政治的やり取りの末に現在の王位を預かる民族の長が決まったとのことですが、他の民族の長は王位を預かる民族を見張るために役職を得て、大臣や騎士団長などの重役を担ってきたそうです」
「その見張り役の民族の長の家系がアイデル卿だと?」
「はい」
「要するに、人を率いる才覚があるのではないかということか?」
「実際にモラガル王国では騎士団長でしたし、今回もハンスギア王国の騎士たちをうまく使っていました。ハンスギア王国の騎士団長も一目置いていますし、オーロ皇帝からモラガル国王に人員を貸し出して欲しいと一言いただけないでしょうか?」
「そのアイデルとやらはリヒトの部下になりたがっていると報告を受けているが?」
私はオーロ皇帝の問いに答えることなく、にこりと微笑むに留めた。
オーロ皇帝が呆れた視線を向けてくる。
「つまりは、アイデルを自分から引き離すためにも、ハンスギア王国に置いておきたいということか?」
「オーロ皇帝からの頼みであればモラガル国王の顔も立ちますし、アイデル卿にとっても名誉なことでしょう」
「王族も貴族たちも粛清された国に、縁もゆかりもない騎士団でもうまく使う頭の切れる優秀な番犬を一人送り込むのか」
「色々と適任でしょう?」
ハンスギア王国の内政が落ち着くまできっとアイデルは上手くハンスギア王国の騎士たちを使って愚かな貴族たちやその貴族たちと繋がって甘い汁を吸っていた商人や裏社会の者たちなどを見張ってくれるだろう。
その間にモラガル国王はアイデルを引き留めるために思案する時間が取れるし、私もアイデルに煩わされる時間を減らすことができる。
問題の先送りとも言えるが、こちらがはっきりと断っているにも関わらず諦めない者はタチが悪い。
ハンスギア王国に送り込む人材として優秀なアイデルは適任であり、エトワール王国からアイデルを引き離しておくという意味ではハンスギア王国はとても適した場所だった。




