263 適任者 04
お読みいただきありがとうございます。
因習を変えるには法律が必要で、国を富ませるには外貨が必要で、外貨を産むには特色ある商品や国外から人を呼ぶ魅力や安全性が国自体に必要で……
そんなことは中身52歳のおじさんでもなんとなく思いついてこれまでやってきたけれど、所詮、私は前世で課長までしか出世できなかった男だ。
国王と王妃が消え去った後にその国で何が起こるのかなんてことは想像できなかったし、所詮は他国のことなので自分たちでなんとか上手いことやると思っていた。
さらに、私がやりたいヴィソンの保護を妨げる者がいるだろうなんて想像が欠けていたのは、完全なる私の思い上がりのせいだろう。
魔塔主とオーロ皇帝が後ろ盾についてくれているので、ゴリ押しすればおそらくは私がやりたいことはやらせてもらえるとは思うが、私は大人だ。
少なくとも、中身は52歳の立派なおじさんだ。
そんな大人が後ろ盾に力があるからと言って頼り切って好き勝手するのはいかがなものだろう?
「わかりました。ある程度は内政干渉して、魔獣の保護活動の許可くらいは自分で取ります」
私の言葉にアニーア王国の女王が笑う。
「王と王妃を強制排除するという最大の内政干渉をしておいて、ある程度という言葉は不適切ですわ」
私はアニーア王国の女王の視線から逃げるように視線を逸らした。
「私は王と王妃を排除したわけではなく、魔獣を虐待していた良心を持たない存在を排除したのです。それがたまたま王と王妃という役職に就いていただけです」
「役職……」
私の言葉にその目をあどけない少女のようにぱちくりと瞬いた女王の姿に私はしまったと思った。
この場には、女王をはじめとして、王子王女という王族がたくさんいるのだった。
その彼らの前で『たまたま役職に就いていた』などと失礼な発言だっただろう。
不快な思いをさせてしまったと反省したが、次の瞬間、アニーア王国の女王は楽しそうに笑い声を上げた。
「リヒト様はさすがですわね。確かに、王族はたまたま王族として生まれて国民を守り導くという役職に就いているに過ぎませんわ」
「女王の寛容さに感謝いたします」
「感謝するのはわたくしの方ですわ。リヒト様と話しているとずっと年上の方とお話ししているようで学びが多いのです」
「それで」と、アニーア王国の女王はその目を楽しそうに細めた。
「リヒト様はこの後、どうされるのですか?」
「先ほども言ったとおり、魔獣の保護の許可をもらえるくらいには内政干渉します」
「現在、ハンスギア王国は貴族たちが城に押しかけて宰相と補佐官長に全責任を押し付けていますので、次の王が決まった時点でおそらくあのお二人は殺されるでしょう」
さらりと伝えられた女王の言葉に私はギョッとする。
「宰相たちからはハンスギア王国の貴族たちは政治に関わることを避けていると聞いていましたが?」
「それはバカな王と王妃がやらかした不始末に巻き込まれたくないからです。その二人がいなくなったのですから、次はどの家が王族として立つのかという争いですよ」
私は呆れて言葉が出なかった。
これまでまとも国政に関わろうとしなかった者たちが、王位に就こうと争っているというのだ。
「オーロ皇帝から助言というか、伝言というか、ご指示がありましたが、聞きますか?」
「それは、聞かないという選択肢があるということですか?」
「オーロ皇帝はリヒト様のことをとても信頼しておられるようで、基本的にはリヒト様の自由にさせていても問題はないとお考えのようでした」
だから、別に必ず伝えなければいけない伝言ではないという。
「……嫌な予感しかしませんが、聞いておきます」
「ハンスギア王国を軍事制圧することを許可する! ということでしたわ」
本当に、頭が痛い。
「では、我が国の軍を出しましょう!」
私がこめかみを抑えている間にそう言ったのはランツだった。
ランツにつられるようにして他の王子たちも自分のところの軍を出すと言い出した。
「皆さん、落ち着いてください。私は皆さんの国の騎士にも我が国の騎士にも無駄な労力を使ってほしくはありません」
ハンスギア王国の自滅にどうして我々の国の騎士が労力を使う必要があるというのだろうか?
「まずは、そうですね……」
私は目まぐるしく巡る頭の中の考えを整理仕切れないままにとりあえず第五補佐官に視線を向けた。
察しのいい第五補佐官はすぐに私の側に来てくれる。
私は調べて欲しいことを第五補佐官に耳打ちした。
第五補佐官は「直ちにお調べいたします」と頭を下げて小広間を退出した。
アニーア王国の女王との会話を経て、その二日後、私はエトワール王国の騎士団たちの前に立っていた。
「……」
エトワール王国の主に私の身近にいる騎士団……私が3歳の頃からグレデン卿の弟であるゲーツグレデンについての捜索協力をお願いしたり、カルロの両親であったルーヴ伯爵の見張りをお願いしていた騎士団だけを集めてもらったはずなのに、訓練場がぎゅうぎゅうに埋まるほどの騎士団とどういうわけか魔塔の魔法使いとオルニス国の面々、それから当然のように魔法学園の級友たちが集まっていた。
もちろん、両親や乳母、宰相や補佐官たちもいる。
ついでに、どういうわけかアイデル卿まで見学に来ている。
彼にはぜひ、客室で大人しくしていて欲しかった。
「どうしてこのようなことに?」
想定外の大人数を前に、私は困惑していた。