261 適任者 02
お読みいただきありがとうございます。
とにかく、一旦話を聞くために場所を移すことにした。
「私はアイデル卿とお話をするのはこれが初めてだと思うのですが?」
モラガル王国の騎士団長ということはこれまでモラガル王の護衛騎士としてエトワール王国に来たことがあり、私と対面している可能性はあると思って私はそう話を切り出した。
少なくとも、会話をするのはこれが初めてだろう。
場所は応接室に移し、私とカルロ、ヘンリック、第一補佐官、乳母、グレデン卿、面白がってついてきた魔塔主がこちらの陣営で、向かい側にイェレナとアイデルがいる。
客人である二人は座っているが、私側の陣営は私と傍若無人な魔塔主のみがソファーに腰掛けている状態である。
魔塔主とかこの問題に一切関係がないので帰ってもらってもいいのだが?
今も黙々とケーキを頬張っているだけで、会話に加わる気はないようだし。
「お話をするのは初めてですが、リヒト様のお誕生日パーティーでお姿を拝見いたしました!」
「ただ一度、私を見たというだけで、私の護衛騎士になることを望んだのですか?」
それはなんとも奇妙な話だ。
平民が自国の王の姿やその周りの騎士たちの姿に憧れて騎士を目指すという話は聞いたことがあるが、すでに騎士団長の座にいる者が自分が仕えている王を見限って、他国の王子に仕えたいなどと考えるものなのだろうか?
モラガル王が我が国にスパイを送ることを考えたとしても、あまりにもストレートすぎるし、アイデルが本当に意図しているところはなんなのだろうか?
「正確には、リヒト様の護衛騎士になりたいのではなく、イーコスの守り神にもう一度会いたいのです!」
「……イーコスの守り神?」
それはあれだろうか?
私がイーコスを守りに行った時の姿のことを言っているのだろうか?
魔塔主が面白がってやけに煌びやかにしてしまったあの姿のことだろうか?
あれに会いたい? なぜ?
「イーコスの守り神というのは……」
イーコスの守り神を私が知らないのだと解釈したアイデルは少し興奮気味に語り出した。
イーコスを守るために現れた女神がどれほどに美しく、神々しく、その力が偉大なものだったのか……熱心に語る様子に私は引き、魔塔主は面白いおもちゃを見るように笑っている。
アイデルの興奮して語る様子が怖かったので、「そのイーコスの守り神なら……」と私が自身に幻影の魔法をかけて雪山での姿を再現しようとしたら、それは魔塔主とカルロによって止められた。
魔塔主はにこりと微笑み、カルロは首を横に振り、私が何をしたのかを知らないはずの乳母と第一補佐官まで首を横に振り、さらにはイェレナまで首を横に振っていた。
どうやら、見せるのは良くないらしい。
しかし、私がアイデルが会いたがっているイーコスの守り神の正体だとわかれば、アイデルは冷静になれるのではないだろうか?
冷静にというか、がっかりするだろう。
男を女神と慕い、憧れを抱いていたのだから。
もしや、みんな、アイデルに同情しているのだろうか?
まぁ、魔塔主が私にかけた悪戯のような魔法のせいで騎士団長という名誉ある職を辞そうとしていると考えれば、確かに可哀想ではある。
しかし、可哀想だからこそ、目を覚ましてやるべきではないだろうか?
がっかりはするだろうが、それは一時のことですぐに正気に戻るだろう。
「イーコスの守り神によく似ておられるリヒト様の元にいれば、イーコスの守り神に出会えるかもしれないと思ったのです!」
「この国にはイーコスはおりませんし、イーコスが住めるような雪山もありませんのでその可能性は極めて低いでしょう」
ひとまずは皆の意見を尊重して、私はアイデルに無難な返答を返しておいた。
しかし、その後もアイデルはイーコスの守り神に似ている私に仕えたいのだと訴え続け、自分には王子の護衛をするだけの実力があるとか、エトワール王国のためにもなるとかなんだとか言い出し、結局はその実力やらの証明としてグレデン卿と一戦交えることになった。