260 適任者 01
お読みいただきありがとうございます。
「リヒト様、お帰りをお待ちしておりました!」
転移魔法で来訪する使者や他国の王族のために作った転移の間に転移すると、見知らぬ男に出迎えられた。
乳母やシュライグ、第一補佐官も出迎えにきてくれているため、危険人物ではないのだろうが、一体誰だろうか?
「アイデル卿!? どうしてここにいるのですか!?」
モラガル王国のイェレナが珍しく大きな声を出した。
卿ということは、この男はモラガル王国の貴族……格好からして騎士だろうか?
誰なのかということはおおよその検討はついたが、モラガル王国の騎士がなぜ私を待っていたのかという新たな疑問が出てきた。
「ああ、イェレナ様もお戻りになりましたか」
なぜかイェレナのことをついでのように言う。
アイデルの主人はイェレナの方だと思うのだが?
「本当はモラガル王国の騎士団長を辞してこちらに赴きたかったのですが、王がなかなか許可をくれなかったため、とりあえずは非番をいただいて、リヒト様にご挨拶に来たのです」
「私に挨拶、ですか?」
話が読めそうで読めない。
なぜ、モラガル王国の騎士団長が私に挨拶しにくる必要があったのだ?
「アイデル卿! リヒト様には優秀な騎士がたくさんおりますから、あなたがモラガル王国の騎士を辞めたところで、エトワール王国の騎士団の中で出世してリヒト様の護衛騎士になるなど無理な話だと思いますよ? 冷静になってくださいまし!」
イェレナの言葉にますます私は困惑した。
どうして、モラガル王国の騎士団長が私の護衛騎士になりたいなどと思うのだ?
詳しく話を聞く必要がありそうだと思ったが、私が口を開く前に周囲が騒がしくなった。
「リヒト様の護衛騎士になるのは俺だ!」
「いえ、俺ですよ!!」
「他国の騎士団長に任せるくらいなら、私がなりましょう!」
「私もリヒト様をお守りしたいです!」
「戦うのは得意ではありませんが、盾ぐらいにならなれます!」
ランツやランロットをはじめ、他の王子たちまでそのように騒ぎ出した。
「皆さん、落ち着いてください。他国の騎士団長に私の護衛をお願いすることはありませんが、とりあえず、なぜそのような希望を抱いたのか話だけは聞きましょう」
「リヒト様、アイデル卿には我々の方から断って帰っていただくつもりだったのですが、リヒト様のお手を煩わせることになってしまい、申し訳ございません」
第一補佐官が申し訳なさそうに頭を下げてくれたが、私はそれには「大丈夫です」と首を横に振った。
彼らが私のために日々頑張ってくれていることは知っている。
そんな彼らを責めるつもりはない。
「それから、もうすぐグレデン卿が戻ってくるかと……」
第一補佐官の話が終わる前に、転移の間に魔塔の魔法使いとグレデン卿、それからグレデン卿の腕に抱えられた子供が現れた。
「グレデン卿、キルアまで連れてどうしたのですか?」
グレデン卿の腕に抱えられている少年はキルア。
前グレデン公爵が愛人に産ませた子供で、次期グレデン公爵にすべく教育している子だ。
「リヒト様! お久しぶりです!」
グレデン卿から床におろしてもらったキルアは無邪気な笑顔で私に抱きついてきた。
「キルア! リヒト様にそのような態度をとってはダメだ!」
「大丈夫ですよ」
私はキルアを抱きあげた。
まだ幼いキルアが次期公爵になるための教育を受けることになったのは私のせいだ。
私がグレデン卿とゲーツを手放すことができれば、キルアはまだ7歳という年齢で次期公爵となるための教育を受ける必要はなかったのだ。
グレデン卿は昨年の一件があってから、公爵家の使用人や領地、周辺の者たちが落ち着くまで、公爵代理として度々公爵家に戻るようにしている。
私が魔法学園にいる間は、騎士団の大きな演習でもない限りは公爵家で過ごしていたようだ。
「キルアはいつも頑張って勉強をしているのですから、グレデン卿が城にいる間はゆっくりするといいですよ」
そうキルアを撫でていると、黒い触手が横から出てきてキルアを攫った。
「あのバカな前公爵がいたらキルアはどこかに売られていたでしょうから、キルアはリヒト様に感謝して、もっとたくさん勉強するべきです」
カルロはキルアを床におろすと、亜空間から分厚い歴史書を取り出してキルアに渡した。
「これはグレデンお兄様が苦手で勉強があまり進んでいない分野です!」
「シュライグ、キルアにエトワール王国の歴史と歴代のグレデン公爵について教えてあげてください」
カルロの指示により、シュライグは深く頭を下げてからキルアを連れて行ってしまった。
空き部屋で勉強させるつもりなのだろう。
まぁ、シュライグなら教育者という面でも、世話係という面でも適任だろう。
「それで、グレデン卿はどうしてそのように急いで戻ってきたのですか? キルアまで連れて」
「リヒト様の護衛騎士の座がモラガル王国の者に脅かされていると聞いて慌てて帰ってきたのです!」
グレデン卿にわざわざそのような報告をしたのは誰かと視線を巡らせれば、乳母がなんだかいい笑顔だ。
「モラガル王国の騎士があまりにも頑固で人の話を聞かないものですから、リヒト様の筆頭護衛騎士であるグレデン卿と手合わせしていただくのが手っ取り早いと思ったのです」
「乳母、グレデン卿は公爵代理としての仕事やキルアの教育で忙しいのですから、このようなことで呼び出してはダメですよ」
「いえ! いいのです! ヴィント侯爵から知らせをいただけて、私としても光栄ですし……」
ゲーツからグレデン卿と乳母の親交が深まっていると聞いてはいたが、すでにグレデン卿の方が尻に敷かれているような気がする。
「それでは、グレデン卿と手合わせして私が勝ったら、リヒト様の護衛騎士にしていただけるということでよろしいのでしょうか!?」
グレデン卿とキルアの登場で少し忘れかけていたアイデルがそうその目をやたらキラキラさせて見てきた。
おそらく、グレデン卿と同じ年頃で、私の中身よりはまだまだ若いわけだが、それでも瞳をキラキラさせて可愛いという感じの年齢でも見た目でもない。
そもそも、どうしてモラガル王国の騎士団長が私の護衛騎士になどなりたがるのだろうか?
騎士団長のことははっきりとは覚えていないが、イェレナが以前、私がイーコスを守りに行った際にその現場に騎士団長がいたということは話していたと思うが、私はあの時、変装をしていた。
だから、騎士団長にとっては私は特になんの接点もない人間のはずなのだが?