259 女神の面影(アイデル卿視点)
お読みいただきありがとうございます。
アイデルって誰だよ? って感じですよね。わかります。
モラガル王国の騎士団長なのですが、モラガル王国ってどんな国だったっけ? って感じですよね。わかります。
誤字報告、ありがとうございます!
感想もとても嬉しいです!
後ほど、返信を書かせていただきます!
モラガル王国の騎士の朝はとても早い。
ただ、それは夏に限定される。
冬が厳しいモラガル王国は真夏でも朝はそれほど暑くない。
冬の早朝は寒い上に真っ暗なので、騎士たちの訓練は日が昇ってから始まる。
そのため、モラガル王国では騎士たちの朝が早いのは夏だけだ。
そんな冬が厳しいモラガル王国で生まれ育った私だが、それでも冬の方が好きだ。
正確には、近年、やっと冬を好きになることができた。
イーコスの守り神様のおかげで。
我が家は代々、モラガル王をお側で守ってきた騎士の家系だが、モラガル王国の王子はとても尊敬できるような人間ではなかった。
弱きを助け強きをくじくタイプではなく、完全にその逆だったのだ。
王子はある時、イーコスを狩りに行くと言い出した。
イーコスは中型の魔獣だが、数が増えすぎて食料を村や町に求めに来ない限りは積極的に狩る必要のない魔物だった。
力は強く、群れでの戦闘能力は高いものの、その性格は基本的には大人しく、滅多に人の前に姿を現さない魔物だからだ。
それにも関わらず、王子は美しい毛皮が欲しいという自分の欲求を満たすためにイーコスを狩るという。
そうして、私をはじめ、十数名の騎士で王子の護衛をすることになったのだが、これが非常に苦痛だった。
この王子、剣技も真面目に学んでこなかった上に、魔法もそれほど使えず、弓もそれほどの腕はない。
それゆえ、逃げ惑うイーコスに弓を放つがなかなか的中しない上に、怒ったイーコスたちが襲ってきた時には完全に役に立たないため、我々がイーコスの群れと戦うことになった。
私は前もって騎士たちにイーコスを傷つけないように注意した。
イーコスが怒るのは当然であり、それに対して反撃を行えば、イーコスは群れで襲ってくることになるだろう。
イーコスは自分からわざわざ人前に姿を現さないだけで、頭が悪いわけでも臆病なわけでもない。
自分や仲間を守るためなら知恵も尽くすし、果敢に挑んでも来る。
王子の愚行で騎士たちに被害を出すわけにはいかなかった。
このような王子の愚行を王も止めることなく、放置していた。
子供の頃からわがままで王の言葉も王妃の言葉も碌に聞かないとは言え、長男だからという理由だけでこの王子を王太子に任命したのだからもっと教育に身を入れて欲しかったが、王は王子の愚行から目を逸らし続けた。
そうして甘やかされたというか、教育を放置された王子はイーコス狩りをやめず、山から追われたイーコスは度々村や町の近くまで降りてしまうことがあった。
それは王子の狩りが原因だったが、王子は自分が魔獣討伐をしているのだと貴族たちに大袈裟に語って聞かせたりしていた。
私は嘘の片棒を担がされていることに嫌気がさし、騎士団長の職を辞そうと考えはじめた頃、イーコスを追っていた雪山で奇跡を見た。
一面真っ白な世界で彼女は美しい白銀に輝いていた。
イーコスを守り、我々に罰を与えた女神の姿は私の心に焼きつき、今もあの瞬間に感じた感動は胸を震わせる。
彼女は我々を罰しても命を奪うことはしなかったけれど、あの美しい女神に命を奪われるならば本望だった。
だから、もう一度、この目であの美しい女神を見たいと思った。
そのため、私は度々数日間の非番をもらっては雪山に行くようになった。
もちろん、イーコスや他の害のない魔獣を狩るようなことはしなかった。
女神に一目会いたいとは思ったが、軽蔑されたいわけではない。
だから、イーコスの群れを見かけても遠くから見るだけに止めたが、イーコスの守り神を見つけることはできなかった。
どうにかしてまたあの女神に会えないものかと考えていた頃、イェレナ王女が通う魔法学園で学年対抗の模擬戦が行われ、学園に招待された王の護衛騎士として私も魔法学園を訪れることになった。
そこで、魔塔の魔法使いでなければ使えないような上級魔法の結界を易々と張る王子の姿があった。
その王子はエトワール王国の王子で、魔法学園の創設をオーロ皇帝に提案し、創設のための陣頭指揮もとったのだという。
エトワール王国は7年ほど前にルシエンテ帝国傘下に入った小国ではあるが、王子がオーロ皇帝と魔塔主のお気に入りだという稀な国だった。
私は騎士で戦うことには優れていても政治的な話には疎く、それほど興味もなかったが、政治力もさることながら武人としても名高いオーロ皇帝のお気に入りという存在は気になっていた。
王族の席から遠目にしか王子の姿を見ることはできなかったが、魔法を使うその姿は実に優美な姿に見えた。
何より、我が国の王子との差があまりに酷く、一国の騎士団長という立場ではあるが、なんとも情けない気持ちを抱いた。
ただ、もう、騎士団長を辞めたいとは思わなかった。
何せ、我が国にはイーコスがおり、イーコスの守り神がおられるのだから。
私は今度もイーコスの守り神のために、イーコスの住まう我が国を守る所存だ。
しかし、翌年の春、エトワール王国の王子の誕生日パーティーに招かれたイェレナ王女と王の護衛としてエトワール王国に出向いた時に、モラガル王国の騎士であり続ける覚悟が少し揺らいだ。
護衛騎士はパーティー会場の中に入ることはできなかったが、パーティー会場のすぐそばの別室に豪華な料理が用意され、他の国の護衛騎士たちと共に食事を食べることができた。
エトワール王国は護衛騎士やその他の随行者たちにも心配りをしてくれる素晴らしい国だった。
他国の王侯貴族を招いてパーティーをする国は他にもあれど、その王侯貴族の護衛騎士や随行者にまでこのように素晴らしい料理を用意してくれるのは国力に余裕のある国でなければできない。
エトワール王国が元々豊かな国だったのかと思えば、他の国の者たちがそうではないという話をしていた。
現在のエトワール王国の発展はすべて、王子が7歳でお披露目を行ってからなのだという。
エトワール王国の王子……名をリヒト様というらしいが、リヒト様はまさに神の寵児だと噂されていた。
私はそのような噂話を聞いて、リヒト様を一目、間近で見てみたいと思った。
イェレナ王女は魔法学園で過ごされる期間には女性の騎士を護衛として連れていくし、魔法学園の期間以外にエトワール王国に赴く際にも私以外の騎士を護衛として連れていた。
そのため、私はリヒト様のお姿を見る機会を逸していたのだ。
模擬戦の時には遠目でしっかりとお姿を見ることはできなかった。
モラガル国王は王太子を廃嫡して後、私には王女の護衛を命じていたのだが、国内では私を護衛としてお側においてくださるイェレナ王女は、エトワール王国へ赴く際には別の騎士を護衛に連れていくのだ。
「騎士団長はお父様のお側にいた方が良いでしょう」と微笑んでおられたが、どうにも私をエトワール王国には連れて行きたくないのではないかと思わせるような行動が多かった。
しかし、今回はモラガル国王も招待されたため、私はエトワール王国に赴くことができたのだが……
魔法使いの転移で国へと帰る時に見送りに来たリヒト様のお姿を見て驚いた。
彼の姿は、まるであの女神のようだと思った。
すぐに彼は少年だと考え直したのだが、顔の造形やその瞳の美しさがイーコスの守り神であるあの美しい女神と重なった。
私だってまさか少年が女神になれるなど思ってはいない。
しかし、あれほど似ているのだから、リヒト様のお近くにいれば、もしかすると女神に再会できる機会があるかもしれないと私は期待に胸を熱くした。