258 ハンスギア王国 06
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ほぼ幼児のような思考能力しかなく、本当に仕事をしていなかっただけだとしたら、この王を王妃のように罰するのはやり過ぎだろう。
この王の愚かさは先代王や周囲の大人たちが作り上げたものなのだから。
せいぜい、王位を剥奪して、後宮で軟禁状態にするか、辺境の地へと送ってしまうかというところだろうか?
どのような処遇が適切なのかは宰相たちともう少し話をする必要があるだろう。
辺境の地にハンスギア王を送ることを考えて、ふと変態のことを思い出した。
そういえば、別荘へと引きこもっている我が国の変態は随分と大人しい……
久しぶりにエトワール王国の前王を思い出して不快な気持ちになると同時に、これまで前王の話が一切聞こえてこなかったことが不思議に思えた。
私の存在が隠されていたお披露目前ならまだしも、私も前王もお互いを認識しているのだから、前王に何か動きがあったり、変化があれば、私にも報告があると思うのだが……
もちろん、会いたいわけではないが、動きがなさすぎるのではないだろうか?
つい、自国の問題について考え込んでしまった私の様子を訝しんだのか、ハンスギア王が口を開いた。
「結局、王妃はどこにいるのだ?」
私の「排除」という言葉から殺されたとは連想しないハンスギア王に私は呆れた。
王族が殺されることなどないと信じてでもいるのだろうか?
「王様、リヒト様からは私が詳しい話を聞いておきますので……」
事を荒立てたくない様子の宰相が言った。
本来ならば他国の王子を連れてきた時点で事は荒立っているはずなのだが、状況を理解できない呑気な王の鈍感さに甘んじて、宰相はまだ自ら改革のための行動を起こそうとはしない。
宰相の屋敷の執事が自身の主への尊敬を失っているのも納得である。
ハンスギア王はそんな宰相の言葉に機嫌をよくした。
どうやら、ハンスギア王はいなくなった王妃のことをそれほど気にかけてはいないようだ。
「そうか! では、宰相よ、狩りの準備をせよ!」
「王よ、そのお話はここでは……」
宰相の顔が青くなり、声は震えている。
そんなことには気づかずに王は魔物狩りが趣味なのだと実に楽しそうに話した。
私はもちろん、笑顔を作り上げて聞きたくもない話を聞く。
ハンスギア王には機嫌よく自分の罪を白状して貰わなければならない。
魔物とは言っても、こんなに太っている体で馬に乗って危険な魔物を追えるわけがなく、狩るのが容易い小型の魔物を手近に離して弓矢を打ち込むのだという。
すばしっこい魔物の場合には、前もって足を傷つけておけば簡単には逃げられないとハンスギア王は笑う。
自分が弓矢を打ち込むたびに逃げ惑う魔物の姿が面白いのだと笑う王を私は氷の山のどっかに転移させた。
もう一緒について行ってわざわざ氷の枝を作ってくくりつけてやるのも面倒だ。
存分に氷の山の魔物たちと追いかけっこを楽しめばいい。
もちろん、氷の山で逞しく生きる魔物が太って鈍い動きしかできないものに追われるわけはなく。
氷の世界では貴重な油分を逃すわけも残すわけもないだろう。
ああ、しまった。
魔塔主に一定間隔で治癒されるように魔法をかけてもらう前に氷の山に放ってしまった。
……まぁ、いいか。
どうせ、もうすぐ、私が奪う命なのだから。
「リヒト様! 王になにをされたのですか!?」
宰相の声はまるで私の行いを責めるようだった。
私はにこりとできるだけ慈愛に満ちた笑顔を作って、できるだけ穏やかな口調で告げた。
「自分が王族を罰するという罪を犯す覚悟もないままにテオを巻き込んで、テオに責任を押し付けようとした者の話を聞くつもりはありません。これであなた方が邪魔に思っていた者たちは消えましたよね? 私は宰相と補佐官長がテオを取り戻すためだけに王妃が病で伏せっているから身の安全は保証するというような嘘をついたことを結構怒っています。テオの安全の確保という肝心なところまで嘘をついていたのですから、テオを王にするということもきっと嘘だったのでしょう」
私が話している間に宰相の顔はどんどん青くなった。
貧血だろうか?
王と王妃がいなくなったこの国はこれから目に見えて荒れるだろうから、貧血など起こしている暇はないはずだ。
「とりあえず、王も王妃も無事にいなくなったわけですから、私とテオはこれで失礼します」
「ああ、そうだ」と私は言葉を付け足した。
「ハンスギア王国はオーロ皇帝の直轄地になればいいと思いますよ。実現すればルシエンテ帝国傘下の国では初めての直轄地ですから、とても誉高く、貴族たちも納得するのではないですか?」
突然、王と王妃がいなくなれば、当然、貴族たちの不満が噴出し、その矛先が宰相だけに向けられるのならばまだしも、私に向けられる可能性は非常に高い。
この宰相のことだから、自分が連れてきた私を庇うこともしないだろう。
ハンスギア王国の不満や苦情が私一人に向けられるのならばまだしも、エトワール王国や魔法学園の生徒たちに賠償を求めたり、戦いを挑まれても困るため、責任はオーロ皇帝にとってもらいたいと思う。
私はテオを連れて、ヴィソンの生態調査を行っているカルロの元へと戻った。
「カルロ、テオのことを頼んだよ」
「リヒト様はどちらに行かれるのですか?」
「私はまだやることがあるから」
カルロにテオを預けてすぐに氷の山へと転移しようとしたのだが、それは魔塔主に止められた。
「あとは大人の仕事です」
「しかし、王妃と王を氷の山へ送ったのは私の判断ですから、私が責任を持って……」
止めを刺すべきだろうと考えていた。
「最後の処罰は私が下すから其方は何もするな」とはオーロ皇帝に言われているが、それはオーロ皇帝に甘えすぎだろう。
私は外見はともかくとして、中身は大人なのだ。
そして、今後、エトワール王という立場を継ぐことになる可能性が今の所極めて高い。
だから、人の命を奪うという決断も行為も、いずれはしなくてはならない。
「リヒト様はお忘れかもしれませんが、あなたはまだ14歳になったばかりの子供なのですよ?」
魔塔主が私の頭を撫でた。
「まだ大人に守られる立場であることを忘れないでください」
魔塔主もオーロ皇帝も私の中身の年齢を知っているにも関わらず、私を子供扱いしすぎだと思う。
けれど、それがありがたくもある。
いつか、誰かを殺すという判断を下したり、自ら手にかけなければいけない時がくるだろう。
しかし、前世ではどのような理由があれど、殺人は犯罪だった。
前世の記憶が強く残る私は、いざ人を殺さなければいけなくなった時に怯んでしまうかもしれない。
そんな時でも、魔塔主とオーロ皇帝は不甲斐ない私を許してくれる気がする。
だからこそ、この世界での責務として、冷酷さも受け入れるつもりだ。
人に甘え、庇ってもらうばかりの大人にはなりたくないから。
こんなに中身大人な私を甘やかしてくれるのだから、きっと、ハンスギア王国の内政問題もオーロ皇帝がなんとかしてくれるに違いない。
「大きな国をリヒト様に差し上げたかったです……」
何やらテオが落ち込んでいたので、改めてこれ以上国は必要ないことを伝えておいた。