257 ハンスギア王国 05
お読みいただきありがとうございます。
「それでは、急いで夕食をいただいて、王宮に向かわねばなりませんね」
そう返せば、執事は落ち着いた様子のままに「いいえ」と答えた。
「皆様は成長期ですから、ゆっくりとたくさんお食事をお取りいただき、しっかりとお休みいただいた上で、明日の昼頃にでも王宮に行かれたらよろしいかと存じます」
「それでは、全く至急ではないのですが?」
「リヒト様もご存知のとおり、この国の王族は根本より腐っておりますので、至急とは言いましても、王がつまづいて転んだとか、階段から転げ落ちたとか、王妃が癇癪を起こしたとか、失踪したとか、大抵はその程度のことで大した問題ではないのです」
この執事には私が何をしたのかを全て知られているような気がする。
「しかし、私を呼んでいるのはあなたの主人であるグルートニス宰相ですよね?」
「あの方は幼少の頃からのんびり屋で行動するのが遅く、本当に切羽詰まってから動かれるのです。そのような計画性のない行動に巻き込まれる使用人は本当に大変なのですが、一国の王子であられるリヒト様が巻き込まれる必要はございませんので」
この執事、実は王にも自分の主人にも怒っているようだ。
この国の現状は国民のせいではない。
王や王妃、そして、彼らを増長させ、諌めることもせずに野放しにした貴族、さらに、愚かな王と王妃の後ろで私利私欲に溺れる貴族たち……
そうした者たちのせいで、国民が苦しんでいるのだ。
グルートニス宰相は他の貴族たちから宰相という立場を押し付けられた子爵位であり、権力はそれほどない。
それでも、宰相という地位に収まったからにはやるべきことがあり、もっと早くに行動するべきだったのだと……
この老齢の執事は、もしかすると、グルートニスに何度も訴えてきたのかもしれない。
そして、やっと動き出した主人に対して、呆れているのだろう。
やっと行動した結果が、他国の王子や王女の力を借りることだったのかと……
こんなに多くの王子や王女たちが来てしまったのはグルートニスのせいではないものの、グルートニスがこれまで助けもせずに放置してきたテオを利用しようとしたことは事実だ。
「わかりました」と、私は微笑んだ。
「あなたの心遣いに甘えて、今宵はゆっくりと美味しい食事を楽しませていただきます」
それから、私はみんなを見渡した。
「皆さん、美味しい食事をいただいたら、エトワール王国の城でしっかりと体を休ませ、また明日頑張りましょう」
「「「はいっ!」」」
ちなみに、魔塔主は私の隣で相変わらずポタージュスープだけを飲み、その後はずっと甘いものを食べている。
ハンスギア王国の経済状況は悪く、平民たちだけではなく貴族の中でも砂糖などが不足するようになってきたようだが、グルートニスの屋敷の甘味は魔塔主によって食べ尽くされてしまうかもしれない。
最悪、魔塔主のデザートはエトワールの城の料理人に用意してもらい、カルロの空間魔法に収納しておいてもらおう。
謁見の間で玉座に座るハンスギア王は丸々と太っており、氷の山に置いてきた王妃とよく似た体型、そして、よく似た醜い顔をしていた。
王族は望めばある程度はなんでも手に入り、王族に嫁ぐことは貴族令嬢の誉れでもあるため、美貌を武器にできる令嬢が寄ってくるものだ。
そのため、自然と王族の容姿というものは整うものだと思っていたし、実際に魔法学園に通う王子、王女や貴族たちに醜い者はいない。
それにも関わらず、ハンスギア王と王妃の醜い姿はある種の突然変異のようだった。
しかし、テオは愛らしい顔をしていることを考えると、もしや、痩せればハンスギア王も整った顔立ちをしているのだろうか?
そう思い直してじっとハンスギア王を見てみたものの、目前の姿からはとても整った姿は想像できなかった。
「其方が王子を保護してくれていたそうだな?」
ハンスギア王は随分と尊大な態度だった。
今日の私はハンスギア王国の騎士見習いの服は着ていない。
王子としての身なりでエトワール王国の紋章もつけている。
当然、小国の王子よりもハンスギア王国の王の方が立場は上なわけだが、行方不明だったハンスギア王国の正当な承継者の付き添いとして来た他国の王子に取る態度ではないだろう。
この態度だけでハンスギア王の底が知れるというものだ。
「王子よ。よく戻った」
そう言いながらも、王の顔はテオの美しい髪を見て不満そうだ。
自分以上に正当な血族であることを見せつけられているような気持ちにでもなっているのだろうか?
しかし、王として正しい行いをしていれば見た目など誰も気にしないはずなのだが?
「して、王妃はどうしたのだ? メイドたちが宰相の客人が王妃の部屋に入ってきたと言っていたのだが? それは其方であろう?」
全くオブラートに包まずに直球で聞いてきたため、私も直球で答えることにした。
「ヴィソンを保護するために排除させていただきました」
「排除とな?」
「はい。今どうなっているのか私も知りませんので、一緒に見に行きますか?」
「リヒト様!」
突然大きな声を上げた宰相に私は微笑んだ。
「宰相、あなたは国の改革を望んでいたはずですよね? どうして止めるのですか? 他国の者まで巻き込んだのに、覚悟が足りなかったなどと今更言いませんよね?」
「そ、それは……テオドロス様がおられますので、もっと順を追って……」
「テオはうちの子です」
それまで緊張した表情で口を真一文字にしていたテオが私の言葉にその目を輝かせた。
キラッキラッの瞳を向けてきたテオに私は微笑みを返す。
テオはカルロの大切な弟子で、うちの子だ。
ハンスギア王国にくれてやる気はない。
「国の改革とは、何の話だ? 宰相?」
王の問いかけに答えられない宰相の代わりに私が親切に説明した。
「この国に愚かな王は必要ないと、宰相をはじめとした国を支える者たちが判断し、さらにオーロ皇帝がその見解をお認めになりました」
普通の頭を持っている人物ならば、この時点で怒り出すだろう。
自分を必要ないと言われたのだから。
しかし、ハンスギア王は眉間に皺を寄せ、さらに詳しい説明を求めるように宰相に視線を向けた。
どうやら、だいぶ直接的だった私の言葉も理解できなかったようだ。