256 ハンスギア王国 04
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草原に戻ると、冒険者パーティーと商人のような男たちが捕えられていた。
生徒たちに聞けば、生態調査をするために川沿いを歩いていると先ほどの男たちのように草むらに潜んでいたのを見つけたのだという。
冒険者たちが武器で攻撃してきたためにカルロが捕らえたそうだ。
ちなみに、この冒険者たち、以前に私が会ったことのある冒険者たちとは違い、かなり人相も品も悪く、前世のチンピラを思わせた。
「カルロ、捕獲してくれてありがとう。最終的に死ぬ結果になるとしても一応、話は聞きたいしね」
私が褒めればカルロは嬉しそうに笑った。
やっていることは影の触手で複数名をぐるぐる巻きにしているわけだが、それでも私のカルロの笑顔は非常に可愛い。
「この者たちも魔獣を狩ろうとしていたのですか?」
「すでに数匹を捕えていました!」
アラステアがそう言ってカゴに入った魔獣を掲げて見せてくれた。
その中には初めて見るヴィソンがいた。
小型の魔獣がカゴの隅で数匹絡まるように身を寄せ合い、縮こまっていた。
「なるほど。これは可愛いですね」
そして、可哀想だ。
怯えた姿に心が痛む。
「リヒト様、魔獣を可愛いと評する者は基本的にはリヒト様しかおりませんので、なるほどという同意の表現はおかしいかと」
ライオスからそう指摘された。
怯え切っているヴィソンに私は煌めく光のように見える精霊たちが寄り添ってくれることを願いながら、そっと手を伸ばす。
私の願いを聞き入れてくれたのか、精霊たちがヴィソンをとり囲むように舞っている。
カゴの中のヴィソンが私の目を見つめ、「キュッ」と小首をかしげるような仕草をした。
何となく、少しだけヴィソンたちの緊張がほぐれたような気がした。
やはり、可愛いは正義だと思う。
この可愛いもふもふに酷いことをしていたとは、もっとハンスギア王国の王妃をギッタンギッタンにしておけばよかった。
これからそうなる予定ではあるが。
生徒たちが捕らえてくれていた冒険者と商人たちから話を聞き、他にもヴィソンの乱獲に関わった者たちを聞き出した。
明日もヴィソンの生態調査は行うが、生徒たちを班分けして王都にヴィソンの乱獲に関わった者たちを商人も貴族も平民の狩人も、身分は関係なく捕獲して氷山に吊るす予定だ。
他の生物を狩るのならば、当然、狩られる覚悟があるはずだ。
話を聞き終わって役目を終えた冒険者と商人たちを氷の壁に吊るしにいくと、魔鳥につつかれ、魔獣に齧られてボロボロになっている男たちや王妃の姿があった。
その姿を見て冒険者たちも商人たちも助けてほしいと懇願してきたが、ヴィソンの悲痛な声を無視してきた者たちに慈悲は不要だろう。
保護したヴィソンたちは私たちの目がない間に被害に遭うことがないように草原にダンジョンを作り、そこに結界魔法と外からは見えないように魔法をかけた。
結界は人間をダンジョンに侵入させないためのもので、ヴィソンが自らそこに入ることは可能なため、他のヴィソンたちも避難してくれることを願う。
「リヒト様、おかえりなさいませ」
ハンスギア王国の宰相であるグルートニスの屋敷に戻ると執事が恭しく出迎えてくれた。
子爵の屋敷では我々全員が寝るための寝室は用意できないと思い、一旦、エトワール王国に戻ることを告げに来たのだが、せめて夕食だけでも食べて行ってほしいと執事に引き止められた。
グルートニスの指示なのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだった。
子爵の屋敷の中では一番広い広間におそらく本来は立食パーティー用の丸テーブルが用意され、何とか人数分の椅子が用意されたという感じだ。
「当屋敷では客室の数も足りず、大変申し訳ないのですが、せめて、お夕食だけでも……」
そう、執事は何度も繰り返した。
なぜ、執事がそこまでしてくれるのか不思議だったが、どうやら執事の息子が宰相付きとして王城で働いていて、その息子の婚約者が王妃付きのメイドだったようだ。
本日、私が王妃の部屋に乗り込んだ時に被害に遭っていたメイドの中に、執事の息子の婚約者もおり、この夕食は息子の婚約者を庇ったことの礼なのだという。
つまり、もふもふ魔獣を虐待されていた怒りに任せて王妃の寝室に転移魔法で入るという王子として品性を疑われる行いをしていたことが執事にまでバレてしまったということだ。
王子としての振る舞いとしては反省するが、王妃を氷の壁に吊るしてきたことに関しては反省していない。
グルートニスの屋敷の使用人たちが用意してくれた夕食を食べ始めた頃、執事がグルートニスからの伝言を報告してくれた。
「グルートニス様からリヒト様たちがお戻りになられたら至急王宮にお越しくださるようにとの伝言がありました」
その伝言は今届いたものなのだろうか? と疑問を持ったが、執事はまるで私の専属の執事かのように側にずっとついていたし、他の使用人が彼に伝言を届けたような様子もなかったのだが?
訝しく思って執事を見ていると、執事は落ち着いた様子で言葉を続けた。
「皆様がお帰りになる前に届いていた伝言ではございますが、外でお仕事をされてきた皆様にすぐにお伝えするのは気が引けましたので、少し時間を置かせていただきました」
執事が息子の婚約者の話を早々に知ることになったのも、その息子がグルートニスの伝言を持ってきたからなのだそうだが……
その伝言を私に伝えるのが遅すぎる。
少しどころではなく時間が経っている。
執事、主人を蔑ろにしているが大丈夫なのだろうか?