255 ハンスギア王国 03
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「魔塔主、この辺にそこそこに大きくて、肉食で、殺傷能力はそれほど高くないものの交戦的な魔物はいますか?」
「この草原にはいませんが、隣国との境に切り立った山があり、そこにはいますよ。私が連れていきましょうか?」
「そうですね。私も同行します」
私はみんなを振り返って、できるだけいつも通りの笑顔を作って見せた。
「皆さんはヴィソンの生態調査をお願いします。ヴィソンを見つけられればいいのですが、見つけられなくても足跡などからある程度行動は予測できるかと思いますので、細かいヒントを見落とさないようにお願いできますか?」
「「「わ、わかりました!!」」」
なんとか笑顔を取り繕ったつもりなのだが、生徒たちは一様に青い顔をして震えていた。
中身が52歳のいい大人なのにも関わらず、感情のコントロールができなくて申し訳ないが、もふもふ魔獣を人間の趣味嗜好のために乱獲するばかりか、虐待までしていた事実に怒りが湧いてくる。
男たちを連れて魔塔主が転移した山は非常に標高が高いようで、一面銀世界だった。
植物など一切見えない切り立った山肌は雪に覆われているだけでなく、氷が聳え立っていた。
氷山というと、前世ならば海に浮かぶ巨大な氷の塊のことを指すわけだが、ここはまさに氷に覆われた氷山と言っても過言ではない山だった。
なんの装備もせず、私と魔塔主のように魔法で身を守る術を知らない男たちはガタガタと震えていた。
「な、なんなんだ! お前たちは!」
捕まっただけでなく一瞬で氷山の頂上付近に連れてこられたことにやっと男たちは恐怖を感じたようだ。
せっかくだから、もっと恐怖を感じてもらおうと思う。
「ああ、紹介が遅れましたね。こちらはローゼンクロイツ大魔法使い様です」
「ろ、ローゼンクロイツ……」
「そ、それってまさか……」
「国一つを焦土にしたっていう暗黒の魔法使い……」
どうやら、テル王国での百年前の事件はテル王国から離れるにつれてなかなか黒い感じに尾鰭がついているようだ。
本当は燃やしたのは国土の半分なのだが、いい感じにガクブルしているので訂正する必要はないだろう。
男たちが恐怖の目で魔塔主を見ている間に私は水属性の魔法で天を目指すように聳え立つ氷の山の壁から横に伸ばすように氷の枝を作り、そこに男たちを吊るした。
本当は逆さに宙吊りにしようかと思ったのだが、頭に血が上った状態では恐怖心をしっかりと味わってもらうことができなくなってしまうかもしれないため、普通に吊るす。
「さて、草原に戻りますか? それとも、魔獣を虐待している者を捕らえにいきますか?」
「もちろん、悪人の元へ」
「わかりました」
魔塔主は転移し、私をハンスギア王国の王妃の元へと連れて行ってくれる。
転移魔法は一度行き、そこの空気感というか、流れる魔素を把握していなければ転移できないはずなのだが、魔塔主はこの城や王妃の部屋を訪れたことがあるのだろうか?
それとも、王妃に会ったことがあり、王妃の魔力を把握していたのだろうか?
もしくは、魔塔主ほどの力を身につければ、行けない場所はないのだろうか?
「なんなの!? あなたたち!?」
ハンスギア王国の王妃はおそらくは自室であろう部屋にいた。
メイドたちもいたが、彼女たちは私たちが来る前から怯えていたようだった。
その手や足、顔にまで鞭で打たれたような傷跡があった。
一人騒いでいる王妃のことを無視して、青い顔で床にへたり込んでいるメイドたちの前に膝をついて視線を合わせた。
メイドたちは突然現れた私たちに驚いたようで、その目を見開き、呆然と私たちを……私を? 見つめていた。
彼女たちの白い肌は傷つき、その目からは涙が零れ落ちていた。
私は彼女たちが少しでも安心できるようにできるだけ優しく微笑んで見せた。
「私は宰相に招かれた客人です。不安であれば、宰相にリヒトという者を知っているかと聞いてみるといいでしょう」
私はメイドたちに治癒魔法をかけて、王妃の部屋から退出させた。
数名のメイドの頬や耳が赤くなっていたが、傷のせいで熱が出てしまったのだろうか?
可哀想に。
「何を勝手なことをしているのよ!?」
ハンスギア王国の王妃がわめているのを無視して、私は光属性の魔法で鞭を作り出して鞭を持っていた王妃の手を打った。
「キャァッ! 何するの!?」
王妃は大袈裟に自分の手を庇っている。
「自分が同じ目に遭う覚悟もなく、メイドたちに暴力を振るっていたのですか?」
「わたくしは王妃なのよ!?」
「たかが一国の王妃風情が何を勘違いしているのですか?」
「なっ……た、たかがなどと……」
ハンスギア王国の王妃がわなわなと震えている。
王妃の部屋には魔獣たちの毛皮があちこちにあった。
ベッドの上にも、ソファーの上にも、ベッドやソファーの足元にも……
そして、醜い王妃が肩からかけているケープも美しい毛皮だった。
おそらく、コートやドレスにも加工されているだろう。
毛皮に加工されているためにそれらが全てヴィソンの毛皮なのかはわからないが、ヴィソンは小さな魔獣なのに、それなりの大きさのものばかりだ。
どれだけのヴィソンを殺し、毛皮を剥ぎ、縫い合わせたのか……
「お前のような者には同じ痛みを与えなければわからないのだろう? いや、もしかすると、同じ痛みを与えたところで理解などできないのかもしれない」
ただただ自分が可哀想だと思うような愚か者でも驚きはない。
この時の私は怒っていた。
というよりは、キレていたという表現の方が適切だろうか?
とにかく、ひどく憤っていたのだ。
私は穢らわしい王妃に触れることはせずに、そのぶよぶよに肥大した体を纏う魔力を感知して、転移魔法を使った。
魔塔主はただ黙って私のすることを見守っていた。
「な、なんですの!? ここは!?」
突然、氷で覆われた山に連れてこられたことにハンスギア王国の王妃は驚いたようだが、さらに氷の枝に吊るされ、血を流している男たちの姿に恐怖したようだ。
すでに魔鳥が突いたり、魔獣が噛みついたような跡がある。
男たちが吊るされている氷の壁に再び水属性で一本の氷の枝を出現させてそこにハンスギア王国の王妃を他の男たち同様に吊るした。
キーキーワーワー何やら騒いでいるが、もはや私の耳に王妃の言葉は届かない。
もふもふ魔獣のヴィソンが受けた苦痛を加害者に受けさせるための作業を終えて、私は魔塔主と一緒にみんなが待つ場所へと戻った。