254 ハンスギア王国 02
お読みいただきありがとうございます!
ひとまず、テオを王城に連れて行くことを諦めさせ、私は生徒たちと一緒に毛皮が美しいヴィソンが生息しているという草原へと向かった。
グルートニスが言うには、ハンスギア王国の王妃が好む毛皮ということで、ヴィソンは乱獲され、近年ではその数は非常に少なくなってしまったということだ。
草原には小川があり、その周辺の草が低く刈られていた。
本来は草がしっかりと生え、ヴィソンたちの姿もある程度は隠してくれていたのだろうが、ヴィソンの乱獲が進むにつれて草は刈り取られ、水を飲みに来たヴィソンが姿を隠せないようにしたようだ。
そんな小川沿いを歩いていると、草の間に気配があった。
「カルロ」
そう名前を呼べば、それだけでカルロは私の意図を理解して、隠れていた者たちを影の触手で捕らえて草の間から引っ張り出してくれた。
「うわぁ!」
「ぎゃっ!」
「ヒィッ!」
情けない悲鳴をあげて、三人の男たちが宙吊りの状態で出てきた。
もしも無実の者だったらその扱いはあんまりだと同情しただろうが、見るからに怪しい者たちだったので、足首を引っ掛けて宙吊りの状態で草むらから引っ張り出したカルロの判断はおそらく正解だったのだろう。
「リヒト様! 弓や縄、カゴなどが落ちていました!」
カルロが男たちを引っ張り出した時にさまざまなものが落ちる音がしていたので、生徒たちが男たちが潜んでいたあたりを確認すると、ヴィソンを捕獲するためのものであろう弓や縄、カゴが落ちていた。
さらに捕獲したヴィソンを入れて持ち運ぶためのものなのか、大きめの麻袋もあった。
「こんちくしょう! どうして騎士たちがこんなところにいるんだ!?」
「俺たちは王妃様の求めている魔獣を捕まえに来ただけだぞ!?」
「王妃様の邪魔をすればどうなるのかわかってんのか!? 早く離せ!!」
ハンスギア王国の騎士見習いに扮するために、私たちはハンスギア王国の騎士服を着ていた。
そんな私たちの姿を目の前にしても悪人たちは怯むことなく喚きたてた。
虎の威を借る狐ならぬ、王妃の威を借る子悪党というところだろうか?
ちなみに、私の護衛でついてきたヘンリックはハンスギア王国の騎士の制服を着ることに難色を示したが、着替えなければこの後の行動に支障をきたすことは理解できている上に、カルロに「ヘンリックはエトワール王国で待っていても問題ありませんよ。リヒト様のことは僕がお守りしますから」と微笑まれて、ものすごく複雑そうな表情をしながら着替えていた。
ヘンリックの方が年上なのもあって、いつもはヘンリックがお兄さん的立場で似たようなやり取りをしているので、珍しい光景だった。
「国民たちの安全を脅かす魔獣以外の狩りを現時点をもって禁止とする」
そう告げれば、男たちは困惑したような表情を浮かべた。
「どうしてだ?」
「そんなの、あの王妃が認めるとは思えん!」
「お前ら、俺たちを騙して、魔獣を独り占めしようと言うんじゃないだろうな?」
独り占め……それは案外悪くない考えかもしれない。
もふもふを独り占め……
「リヒト様、まずは子悪党共をなんとかしてからもふもふのことを考えてください」
ヘンリックに注意されてしまった。
「とにかく、俺たちのことを離せ!」
「魔獣に直接手を下しているのは俺たちじゃなくて王妃なんだから、俺たちのことは解放してくれてもいいだろう!?」
直接手を下しているのが王妃?
「それは一体、どういうことだ?」
「なんだ、お前たちは知らないのか?」
「よく見れば、こいつらの制服は、騎士見習いのものじゃないか?」
「そうか、だから知らないんだな?」
「息子である王太子を亡くしてからというもの、王妃は魔獣を自ら痛めつけて憂さ晴らしをしているのさ。侍女やメイドたちにも辛くあたってはいるそうだが、人間を殺すのは流石に抵抗あるんだろうな」
クックックと男は笑う。
他の男たちも歪んだ笑みを見せた。
「だから、俺たちはわざわざ魔獣を生かして王妃様のところに届けているんだ」
その話の何が楽しいのか、男たちはニヤニヤと笑いながら話す。
だから、彼らは気づかなかったのかもしれない。
あまりの不愉快さに、私の眼差しが冷たくなっていくことに。