246 心地よい眠り
お読みいただきありがとうございます。
パーティーの後、各国の王宮魔導士や魔塔の魔法使いによる転移魔法でそれぞれの国に帰る魔法学園の生徒たちとその両親である王や王妃を見送る予定だったのだが、最初に退出するオーロ皇帝にルシエンテ帝国の城まで送れと無茶を言われて私はオーロ皇帝の執務室に来ていた。
「さて、リヒト、楽しいパーティーに招待してくれた礼をやろう」
オーロ皇帝の言葉と共に、ネグロから書類の束を渡された。
「なんですか?」
「ドレック・ルーヴ商会の権利書だ」
「……」
しばしの間、その権利書の意味を考えた私はオーロ皇帝に深く頭を下げた。
感謝をすべきだと思ったから。
ドレック・ルーヴが自発的に商会を手放すはずがない。
そもそも、本来ならばオーロ皇帝が会う必要のない人物だ。
しかし、オーロ皇帝が会ったということは、本来は私がすべきことを、オーロ皇帝は私が眠っている間に前もって行ってくれたということだろう。
私の手が汚れる代わりに、自分の手を汚してくれたのだ。
そして、私が囚われていた前世から解放してくれた。
私は素直に権利書を受け取った。
「ありがとうございます」
オーロ皇帝はまるで安心したかのようにフーッと長めに息を吐いた。
いつも皇帝として堂々としている姿しか見ていなかったためにそれは非常に意外な姿だった。
「其方に怒られるかもしれないと思っていた」
「どうしてですか?」
「前世の記憶がある者に仲間意識を持っているかもしれないと思ってな」
私は苦笑した。
同じ場所で生きた記憶があるだけで仲間意識を持つほど私はお人好しではない。
「それはないです」
「どうしてだ? 前世の世界の話はあの者としかできないだろう?」
「それでも、この世界で赤子の時から育ってきた私と彼では違いますから」
「そうか」
前世の最期を思い出した。
飽き人くんとはひどい因縁があったことをオーロ皇帝に話す必要はないだろう。
飽き人くんがまだドレック・ルーヴとしてこの世界にいるのならば、自分の手で彼との決着をつける必要があると思っていた。
彼がカルロや私の大切な人たちに手を出さないとは限らないからだ。
けれど、もうこの世界に彼がいないのであれば、彼との因縁も過去のことだ。
「リヒト様、お誕生日、おめでとうございます」
オーロ皇帝の執務室には私だけ拉致されていたため、カルロは部屋で待っていた。
オーロ皇帝はカルロにはついてこないように言っていたので、いつものように影を通って来ることもなかった。
「カルロも、お誕生日おめでとう」
部屋の中を見回したが、ヘンリックの姿はない。
私は転移魔法で真っ直ぐ自室に帰ってきてしまったため、部屋の扉の前は見ていない。
ヘンリックかグレデン卿が扉の前にいるはずだと扉に向かうと、カルロが言った。
「ヘンリックには、誕生日プレゼントはリヒト様と二人きりにして欲しいとお願いしたのです」
カルロの言葉に私は思わず笑ってしまった。
「リヒト様?」
「カルロは昔と変わらずに可愛いね」
幼い頃も、誕生日プレゼントは私と一緒に寝たいと乳母にお願いしていた。
そんな幼い頃の自分を思い出したのか、カルロの頬が染まる。
「変わりませんよ。僕はずっと、リヒト様のことが大好きなんですから」
「私も好きだよ」
素直にそう告げてカルロのことを抱き締めると、カルロもぎゅっと抱き締め返してくれる。
背に触れるカルロの手のひらは大きく、温かい。
「リヒト様」
耳元で名前を呼ばれてくすぐったい。
首元に熱い息がかかり、カルロの唇が触れたのがわかった。
子供の頃のようにカルロが戯れてくる。
サラサラの髪が肌に触れて、やっぱりくすぐったい。
「ふふふ」
笑い声が漏れる。
まるで子犬に戯れつかれているようでかわいい。
包まれている温かさと、くすぐったさに癒されて、瞼が重くなってきた。
そういえば、昔から、カルロに抱きつかれるとその温度で眠くなってしまっていたことを思い出しながら、私の意識は夢の世界へと誘われる。
立ったままではあったが、私よりも背が高く、肩幅も広いカルロがきっと受け止めてくれるだろう。
カルロになら、安心して身を任せられる。
昔は私がカルロを包み込んで眠っていたのに、カルロは本当に大きくなった……
推しの成長を嬉しく思いながら、私はそのまま眠りについた。
翌朝、やけにご機嫌なヘンリックの笑顔があった。
「リヒト様が健やかにお休みになられて幸いです」